海賊の子 | ナノ

半分甘く、半分辛い


「杉元左一だ。よろしく」

杉元お兄ちゃんはそう言って、僕の目の前に大きな手を差し出した。僕は小さく頷いた後、目の前にある手をそっと握りしめた。杉元お兄ちゃんの手は由兄ちゃんとはちょっと違って、ゴツゴツしていてとても硬い。指も僕よりずっと太かった。

「……あの、そんなに手をにぎにぎされても……別に面白くもないし、珍しくないと思うよ?」
「……由兄ちゃんのより、太くてかたくておっきい……」
「やめて、翔太くん。変な意味に聞こえちゃうから」



今、僕と杉元お兄ちゃんは由兄ちゃんのお家の中にいる。由兄ちゃんは今お出かけ中だから、今は僕と杉元お兄ちゃんだけでお留守番。今日から杉元お兄ちゃんが、由兄ちゃんが留守の間に僕のお世話をしてくれるみたいだ。

「ねぇ、翔太くんは歳いくつなの?」
「……6、さい……」
「6歳か〜。じゃあ、小学一年生か幼稚園の年長さんくらいかな?」
「…………」
「……翔太くん?」

杉元お兄ちゃんの言う通りで、僕は今小学一年生だ。前の学校はいっぱいお勉強して入った学校で、入学式にはお父さんもお母さんも来てくれて、すごく楽しかった思い出がある。夏休みに入ったら家族みんなで一緒に旅行しようねって、お母さんと約束してたのに──

「……翔太くん? もしもし? もしも〜し?」
「ぁ……」
「どうしたの? 大丈夫? ちょっと顔色悪いけど……」
「……だい、じょぶ……」
「うーん……まだそう簡単に懐いてはもらえそうにないかな……」

杉元お兄ちゃんはそう言ってまた唸ると、突然立ち上がって台所に行ってしまった。突然どうしたんだろう。お腹でも空いたのかな。

「お昼ご飯なんか作ってやるよ。翔太くんは何食べたい?」
「ぁ……ぇ……ぼく……」
「うげっ!冷蔵庫なんにも入ってねぇじゃん!白石のヤツ〜……つっかえねぇなぁ〜」

ガサゴソと冷蔵庫の中を漁るような音が聞こえる。一応、最近は由兄ちゃんもハンバーグとかオムライスを作ってくれたりする。でも、そのどっちもが冷凍食品だから、お野菜とかお肉とかは冷蔵庫にないのかもしれない。僕は由兄ちゃんだって料理ができるよって言いたかったけど、そういえばここに来て手作りのご飯を一度も食べていなかったことを思い出して、何も言えなくなった。

「ねぇ、翔太くん普段何食べさせられてんの? 冷蔵庫の中本当に空っぽなんだけど」
「……ぉ、ぉ……と」
「えっ? なに?」

台所からひょっこり顔を出した杉元お兄ちゃんに、僕は俯きながら小さな声でもう一度返事を返した。聞こえなかったのか、今度は杉元お兄ちゃんの方からこっちにやって来た。

「ごめん、もう一回言って?」
「……ぉ、ぉべんと……」
「おべんと? お弁当のこと?」

僕はコクリと頷いた。すると杉元お兄ちゃんが眉間に皺を寄せて、突然台所に戻って行った。また冷蔵庫の中でも見るのかなって思っていたら、今度は台所のゴミ箱の中を確認しだした。杉元お兄ちゃんが、ゴミ箱の中を見てハッと息を飲むと口を手で覆い隠した。

「何これ!? 惣菜のゴミばっかじゃん!しかもカップ麺とか冷凍食品のゴミもあるし!まさか翔太くん、普段これしか食べてないの!?」
「……ん」
「ほんっとポンコツだな!白石は!自炊くらいできねーのかよ!」
「ぁっ……由兄ちゃん、悪くない……」
「えっ? あ、あぁ……ごめん。あれでもキミのお兄ちゃんだもんな。言い過ぎたよ、ごめんな?」
「……うん」

ちょっと怖い人かもって思ってたけど、本当は優しい人かもしない。そんなところはちょっと尾形お兄ちゃんと似ているような気がする。でも、尾形お兄ちゃんは杉元お兄ちゃんみたいに優しい笑顔を見せることは全然ない。尾形お兄ちゃんは、ちょっと意地悪っぽい、からかってるみたいな笑顔を見せるんだ。杉元お兄ちゃんは、本当に優しい人の笑顔を見せてくれる。やっぱり二人は、似てないのかもしれない。

「けどこれじゃあお腹空くよなぁ……。何もないし、あるのも積まれたカップ麺とかだし……しょうがない、行くか」
「え……?」

杉元お兄ちゃんはゴミ箱の蓋を閉じると、僕の元までやって来て目の前に屈んだ。傷跡のある優しい笑顔が、僕の目の前にまで降りてきた。

「買い出しに行こう。今日ここに来る途中でスーパーも見かけたし、お金もあるからさ」
「ぁ……でも……由兄ちゃん、お金……」
「大丈夫!俺のポケットマネーでなんとかするから!」
「ポケットマネーって……小切手のこと?」
「う〜ん、翔太くんって本当にお坊ちゃんだったんだね〜」
「……?」

なんだかよくわからないけど、杉元お兄ちゃんが大丈夫って言うなら大丈夫なんだと思う。僕は大人しく杉元お兄ちゃんの言うことを聞くことにした。


◆◆◆


笑顔の杉元お兄ちゃんに手を引かれて、僕は近所のお店屋さんにまで連れて来られた。
ここに来て初めて入ったお店屋さんは、人がいっぱいいてなんだかごちゃごちゃしていた。お野菜もお魚もお肉も、いろんなものがまとめて置いてある。ここは何でも屋さんなのかな。僕はワクワクしながら辺りを見渡した。

「杉元お兄ちゃん、あれ何?」
「えっ!? あ、あぁ……あれは……リサイクルボックスだと思うよ。っていうか翔太くん、今俺のことお兄ちゃんって……」
「リサイクルボックスってなに?」
「え、あ……ペットボトルとか、空き缶とか入れる箱だよ。ああいうのは捨てないで、再利用するんだ」
「なんで?」
「なんでって……そりゃ……地球のために、かな?」
「……? あの中にペットボトルとか空き缶とか入れたら、地球がどうなるの?」
「……救われる、んじゃないかな……?」
「どうして?」
「ごめん、翔太くん……もう許して……」
「……?」

杉元お兄ちゃんでもわからないことなんだ。由兄ちゃんはわかるのかな。尾形お兄ちゃんは知ってるのかな。帰ったら、二人に聞いてみようかな。
僕は頭の中でリサイクルボックスのことを何度も呟いた。

「そうだ翔太くん、肝心なこと聞き忘れてたけど……今日のお昼ご飯何が食べたい?」
「え……?」
「何でも言っていいよ。俺に作れそうなものなら何でも作るから」

どうして杉元お兄ちゃんはこんなに僕に優しくしてくれるんだろう。会ってまだそんなに経ってないのに。名前だってさっき聞いたくらいなのに。でも、なんだかすごく嬉しい気持ちだ。不思議だな。

「……カレー……」
「えっ? カレー? ハンバーグとかオムライスとかじゃなくて?」
「……ん」
「まあ、子供の好きな食べ物の定番にカレーもあるもんね。じゃあ、今日はカレーにしようか」
「……いいの……?」
「うん。とびきり美味しい杉元特性カレーを作ってあげるよ〜」
「……うふふ」
「うわっ!可愛すぎる笑顔ッ!眩しっ!」
「あははっ!」

杉元お兄ちゃんは面白い。優しくって面白いお兄ちゃんだ。手はゴツゴツしていて、指も太くて硬くて大きいけど、由兄ちゃんやアシリパお姉ちゃんみたいに温かい。僕はこの人のことが大好きになれた。

「野菜は……スタンダードにジャガイモと人参と玉ねぎで……ルーは甘口、っと……」
「あっ……」
「え?」
「ぁ……ぼ、僕……辛いのでも、いいよ……?」
「翔太くん……!」

尾形お兄ちゃんのところで一回、お父さんのカレー味を食べたことがあるからもう甘くなくても大丈夫だと思った。でも杉元お兄ちゃんはハッと手で口を覆うと、ひしっと僕を抱きしめてきて「俺に気を遣わなくていいんだよ……!」と言い出した。何のことを言っているんだろう。

「僕、辛いの大丈夫……」
「え〜……そう言われても、ちょっと心配だなぁ……」
「……食べられるもん……」
「うーん……じゃあさ、間をとって中辛にしようか」
「ちゅーから?」
「半分甘くて、半分辛いの。どうどう? それならいいでしょ?」
「……うん」

僕は辛いのでも大丈夫なのに、杉元お兄ちゃんは何故か甘いカレーにしたがる。そんなに甘いカレーが食べたいのかな。きっと杉元お兄ちゃんは“甘口さん”なんだ。

「よし、じゃあ材料も揃ったし……お会計して帰ろうか」
「うん」


杉元お兄ちゃんはその後カゴの中のものを全部買って、僕の手を引きながらお家まで歩いた。お家が見えてくると、その途中で公園が見えてきた。前に僕と由兄ちゃんが遊びにきた公園だ。

「へぇ〜、こんな所に公園あったのか。来るときは気付かなかったな。……にしても、遊具が少ない上にボロボロだなぁ……あ、交番もある。へぇ……」

杉元お兄ちゃんは独り言がちょっと多い気がする。次は何を見つけて何を呟くんだろうと、僕がじっと下から顔を見上げていたら、杉元お兄ちゃんは突然目をカッと見開いて僕を抱き上げると木の陰に隠れた。急にどうしたんだろう。杉元お兄ちゃんはちょっと焦っているようだった。

「……杉元お兄ちゃん?」
「何であいつがここにいンだよッ……!クソッ……!」
「……?」

杉元お兄ちゃんの見ている方向を見てみたら、公園の前にある交番の前にお巡りさんが一人立っていた。ちょっと遠くて顔がよく見えないけど、杉元お兄ちゃんの知り合いの人なのかな。

「杉元お兄ちゃん、知ってる人なの?」
「えっ? あ、あぁいや……」
「……お友達?」
「全ッ然!友達でも何でもないよ〜? むしろ好きか嫌いかでいえば〜、大嫌いな人だよ〜?」

笑顔でそう答える杉元お兄ちゃんを見て、僕はもう一度お巡りさんの顔を見た。目を凝らしたら、交番の前に立っていたお巡りさんがちょうど大きなあくびをしているのが見えた。その時見えた顔に、僕は見覚えがあって──

「尾形お兄ちゃんだ!」
「えっ!? 翔太くん、尾形のこと知ってるの!?」
「尾形お兄ちゃん!」
「あっ、ちょっ、翔太くん!」
「……?」

僕が大きな声で名前を呼んで手を振ったら、眠そうな顔をした尾形お兄ちゃんがこっちを見て僕に気づいてくれた。尾形お兄ちゃんはちょっと驚いたような顔をすると、何故か帽子を深く被り直して僕達から顔を逸らした。どうしたんだろう。何で知らんぷりしちゃうんだろう。僕は寂しい気持ちになった。

「あ……翔太くん、なにも尾形如きでそんな落ち込んだ顔しなくても……」
「…………」
「あー…………わかったよ、これも仕事だもんな……」

シュンとしていたら、杉元お兄ちゃんがやれやれとため息をついて僕を地面に降ろした。そのまま手を繋ぐと、杉元お兄ちゃんは尾形お兄ちゃんがいる交番まで真っ直ぐ歩いて行った。だんだん近くなる僕達に尾形お兄ちゃんが気が付いて、ちょっとだけギョッとした顔を見せた。
だけど僕達が交番の前にまでたどり着くと、尾形お兄ちゃんは何故かニヤリと笑って帽子を被り直した。その目は、むすっとした顔をしている杉元お兄ちゃんを見ている。

「これはこれは……誰かと思えば“不死身の杉元”じゃないか。こんな所で何をしているんだ?」
「……仕事だよ」
「ほう……これが例の特殊要人警護ってやつか。フッ……まるでベビーシッターだな」
「黙れよ、クソ尾形」

なんだか、尾形お兄ちゃんと杉元お兄ちゃんの様子が変だ。ケンカしているみたいに睨み合っている。二人は仲が悪いのかな。

「……ケンカ?」
「あっ……大丈夫大丈夫!いつものことだから!翔太くんは心配しなくてもいいんだよ」
「あの不死身の杉元が子守してるなんて同期の奴らが知ったら、あいつらはなんて言うだろうな?」
「……黙ってろって言ってんだろ……」
「そうやって感情に流されやすく、すぐにカッとなるところは昔と何ら変わりないな、杉元。……少しは成長しろよ」
「黙れよ!」
「お兄ちゃんっ……!」
「……ッ」

僕は飛びかかりそうになった杉元お兄ちゃんの手を握りしめた。杉元お兄ちゃんは一歩前に足を踏み込ませただけで飛びかかることはなかったけど、まだ怒っているみたいでずっと尾形お兄ちゃんの顔を睨んでいる。

「どうした尾形、何かトラブルか?」
「……!」
「あ……お前、まさか杉元か……?」

騒がしくしたからか、交番の中から別のお巡りさんが出てきた。お巡りさんは杉元お兄ちゃんの顔を見て驚いた顔をして見せたけど、すぐに真顔に戻って尾形お兄ちゃんの隣に立った。

「久しぶりだな、杉元。……元気そうで何よりだ」
「…………」
「元気なことはいいことだが……尾形に喧嘩を売るのはやめろ。俺はお前を逮捕したくない」
「……っす」

お巡りさんの言葉に、杉元お兄ちゃんは目線を逸らすと小さく頭を下げた。すごい、喧嘩していた二人をあっという間に止めちゃった。このお巡りさん、お鼻と背がちょっと低いけど、きっとすごい人なんだ。
僕がじっと見つめていたら、ふいにお巡りさんと目が合った。お巡りさんは僕の顔を見て目をパチパチさせると、震える指で僕を指差した。

「杉元、その子は……まさか、お前の子…」
「違っ……知り合いの子です!」
「そうか……そうだな。全然お前に似ていないしな……変なことを聞いてすまなかったな」
「あのぉ……しみじみそういうこと言うのやめてもらえます……? なんかちょっと傷つくんですけど……」
「フッ」
「っ、なんだよ」
「別に……不釣り合いだと思ってな」
「ンだとぉ〜!?」
「やめないか二人共。……怖がっているぞ」
「あ……」
「…………」

僕が怖くて黙っていたら、お巡りさんに注意された二人が喧嘩を止めた。このお巡りさんがいないとこの二人はすぐに喧嘩するんだなぁ。二人共すごく優しいのに、何で仲が悪いんだろう。早く仲直りできたらいいのにな。

「坊やはあの時の迷子の子だね」
「ぁっ……」

突然お鼻の低いお巡りさんに話しかけられて、僕は思わず杉元お兄ちゃんの後ろに隠れてしまった。それでもお巡りさんは僕の前に膝を折って屈んでくれて、ニコニコ優しく笑いながら話しかけてくれた。

「まさか杉元の連れだとは思わなかったよ。こいつと手を繋ぐと歩くのも大変だろう?」
「ぁっ……ぁっ……す、杉元、お兄ちゃん、は……」
「ん?」
「ふ、太くて、硬くて、大きいから……握ったら、すごい……っ!」
「!?」
「翔太く〜ん!?」

僕は一生懸命、杉元お兄ちゃんの手は握りやすくて好きだって伝えようとした。だけどなんだか、お巡りさんは杉元お兄ちゃんに詰め寄って凄い目で睨みつけているような気がする。お巡りさんの手には手錠が握りしめられていた。

「杉元貴様……いつから小児性愛者になったんだ……? 事案だぞ、これは……」
「誤解ですって!!語彙力ない子供の言葉を真に受けないでくださいよ!!」

杉元お兄ちゃんがピンチだ。僕は急いで杉元お兄ちゃんの前に出て、両手を広げて守ってあげた。するとお巡りさんがビックリした顔になって、クスッと笑うとまた僕の前に屈んでくれた。

「大丈夫だよ。捕まえたりしないから」
「…………」
「それより、ちゃんとお家には帰れたみたいでお巡りさんもホッとしたよ。こっちのお巡りさんがお家までおんぶしてくれたんだろう?」
「えっ!?」
「チッ……」

お巡りさんの言葉に杉元お兄ちゃんが驚いて尾形お兄ちゃんの顔を見た。尾形お兄ちゃんは小さく舌打ちをして、眉間にシワを寄せながら視線を逸らしている。杉元お兄ちゃんが何故か急にニヤニヤと笑い出した。

「ふぅ〜ん、尾形お前、翔太くんおんぶして家まで連れて行ってやったんだ〜? 前まであんなにガキは嫌いとか子守は御免だとか言って、面倒全部後輩に押し付けてたのにな〜?」
「ぇ……」
「……うるせぇな」
「随分丸くなったんだな〜?」
「……それ以上無駄口叩く気なら額に風穴開けてやってもいいんだぞ」
「やれるもんならやってみろよ。この近距離で俺に勝てるもんならな」
「いい加減にしないか!尾形も、杉元も!いい加減昔のことは忘れていがみ合うのはやめろ!尾形は谷垣と交代だ!お前は奥でポスターの張り替え作業に移れ!いいな?」
「……わかりましたよ」

尾形お兄ちゃんは瞼を閉じてため息をつくと僕達に背を向けてしまった。僕は引き止めようかと思ったけど、尾形お兄ちゃんはお仕事中だから邪魔しちゃいけない。僕は伸ばしかけた手をそっと降ろして握りしめた。

「ふんっ!……行こう、翔太くん。帰ったら美味しいカレー作ってあげるから」
「……!」
「……うん」

僕は頷いて杉元お兄ちゃんの手を取った。歩き出した杉元お兄ちゃんはもう交番の方に振り返ろうともしない。僕は、そっと交番の方へ振り返った。

「あ……」

尾形お兄ちゃんが、こっちを見ていた。口を少しだけ開けて、僕達をじっと見つめていた。

「……翔太くん?」
「ぇっ……ぁ……」

思わず足を止めた僕を、杉元お兄ちゃんが首を傾げながら見下ろしてきた。杉元お兄ちゃんの顔が交番に向いた。

「……どうかした?」

もう一度交番を見ると、尾形お兄ちゃんはもういなくなっていた。何もない交番を見たあと、杉元お兄ちゃんが優しい笑顔で僕を見下ろして首を傾げた。僕はなんだかその時、胸がもやもやして、少し寂しい気持ちになった。


◆◆◆


お部屋の中がいい香りに包まれている。
今、杉元お兄ちゃんがカレーを作っているんだ。僕が隣に立ってじっと見ていたら、杉元お兄ちゃんは顔を赤くして「危ないから離れてて」って言って僕をリビングに運んだ。

それでも気になってそわそわしていたら、杉元お兄ちゃんは僕の顔を見て可笑しそうに笑うと「あとちょっとだから」って言った。あとちょっとなら、大人しく待っておこう。



「ほら、できたよ」

しばらく大人しく待っていたら、テーブルの上に美味しそうなカレーが運ばれてきた。大きな野菜とお肉がゴロゴロ入っていて、色は僕の知ってるカレーよりほんの少しだけ濃い色をしている。お父さんのカレー味とは違うのかな。

「野菜は蒸してあるから中にも火通ってるよ。それでも食べにくかったから言ってね、小さくしてあげるから」
「……いただき、ます……」

僕はカレーをスプーンで掬うと、パクリと口に咥えた。
甘くない。どちらかと言えば、ちょっと辛い。でも、尾形お兄ちゃんが食べさせてくれたお父さんのカレー味よりは甘かった。複雑な味をしていた。

「美味しい?」
「ん、ん……」
「そっか!気に入ってもらえて良かった〜!アシリパさんの時は当たり外れがあるから、こういう時めちゃくちゃドキドキするんだよね〜」
「……アシリパお姉ちゃんも、杉元お兄ちゃんのカレー食べるの?」
「え? あぁ、うん。でも俺が作るよりもアシリパさんが作ってくれる時の方が多いから、最近はあまり作ってないかなぁ」
「……杉元お兄ちゃんは、アシリパお姉ちゃんと結婚してるの?」
「ブッ!!ぬぁっ、なっ、何言ってるの翔太くん!? そんなのありえないよ!」
「なんで?」
「いやだって……ッ!まだ子供だし年の差……っていうか法律違反!」

杉元お兄ちゃんは顔を赤くしてアワアワと慌てているけど、何をそんなに慌てているのかはよくわからない。仲がいいのなら結婚したらいいのに、何がダメなんだろう。

「そ、それよりさ、翔太くんは好きな人とかいないの?」
「……お父さんとお母さん?」
「そうじゃなくて〜!ほらっ、幼稚園とか小学校にいたんじゃな〜い?」
「……由兄ちゃん?」
「う〜ん、由兄ちゃんは幼稚園にも小学校にもいないと思うんだけどな〜……」

だって、好きな人って杉元お兄ちゃんがいうから──

「あ……」
「えっ! なになに、誰かいた?」
「杉元お兄ちゃんと、アシリパお姉ちゃんと、尾形お兄ちゃん」
「ぐっ……」

杉元お兄ちゃんの名前を出したら一瞬お兄ちゃんは笑顔を見せてくれたけど、尾形お兄ちゃんの名前を出したら途端に顔が曇ってしまった。なんでそんなに尾形お兄ちゃんのことを嫌っているんだろう。

「……杉元お兄ちゃん、尾形お兄ちゃん嫌い?」
「うん……好きではないね」
「なんで?」
「性格と口が悪いから」
「ホントは優しいよ……?」
「翔太くんにはね……」

杉元お兄ちゃんはどこか遠くを見るように天井を見上げた。何かを考え込んでいるみたいで、ちょっと難しい顔をしている。
僕はカレーを食べながら、杉元お兄ちゃんの遠い目をじっと見つめた。でも、じっと目を見つめているとどうしても顔に目がいって、大きな傷跡に目移りしちゃう。

僕は傷のことを聞きたくてずっとうずうずしたけど、スプーンを咥えたまま何も話せなかった。もし僕が何か変なことを言って杉元お兄ちゃんを困らせちゃったら、杉元お兄ちゃんもあの時の由兄ちゃんみたいに悲しい笑顔を見せて、僕に内緒でいなくなってしまうかと思ったからだ。僕は顔を見ないようにそっと下を俯いた。

「……辛くない?」
「! ……うん」
「そっか。……良かった」

ふと声をかかられて、僕は思わず顔を上げてしまった。目の前では杉元お兄ちゃんが優しく微笑んでいる。こんなに優しい笑顔を見せてくれるのに、尾形お兄ちゃんの時だけは怖い顔をするのは何でだろう。

半分甘くて、半分辛い──
いつかこのカレーみたいに、二人が仲良く一緒になれたらいいのにな。


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