云わぬが花の恋は | ナノ



▼09/20 Bye-bye.

岡山は雨が降ってます。一日中薄暗くて私は台風のおかげで遂に5連休になったのに何をするにも気分が乗りませんでした。でもきっと、理由はそれだけじゃない。


あたしの学校は中高一貫で、中1の5月ごろ部活に入りました。謙遜なしで、真面目な部員じゃなかったです。放課後部活に出ずに帰ることなんてしばしば。出ても友達と話してばかりで、実験を論文に纏めることなんて夢の夢。中1、中2になっても、いたずらに時間が過ぎました。

そして中2の2月、いきなり顧問の先生の1人が入院されて。私たちには何も詳しいことは知らされなかったけど、ただ体調不良だと聞かされて、お見舞いに行きました。そのときに子供さんと奥さんとも会って、はやく元気になったらいいなって思った。

結局あたしは、中途半端な部活動を持ち越して中3になった。

本来こうなるべきじゃないですよ。もっと真面目にやるべきで。今までのあたしはどうかしてたんです。それくらいあの頃はなにもかも平和だった。入院してた先生も元気になられて、あたしは相変わらずの中3生活を送ってたし。楽しかった。だから自分がいやになるってこともなかった。今思えばかなり恥ずかしい話です。文化祭では司会をやらせてもらったけど、「司会はあたしじゃなきゃだめだ」っていう誇りは持ててたのかなと思う。またここで一年、過ぎる。


そして今年、高1になって。特に年の初めは、部員で意見の食い違いもあって、あたしはいろんなことに腹立たしさを覚えたりもしました。いままでろくに何もしていない、そう思うことで余計に前に進まなきゃっていう気持ちが先走る。
そんな中、ささいなことで顧問の先生と口論になりました。納得がいかなくて、正直そのときは、先生がおかしいと思った。昔はこんなんじゃなかったと、友達と言い合った。でも少し、ほんの少しでも、あたしがそこで考えればよかったんです。それ以来、先生とは顔を合わせていません。



今日の朝6時半、友達からのメールで学校がお休みになることを知りました。昨日は文章を更新してから寝たので2時をとっくに過ぎていました。眠かったので休校を知ってすぐに二度寝しました。
起きたのは9時半ごろだったと思います。先輩から電話があって、母親があたしを起こしに来ました。

そして先輩から、先生がなくなったことを聞きました。

信じられますか?っていっても仕方がないんだけど、あたしはただ驚くことしかできなかった。夏ごろから見ないなあと思ってたし、口論のあとから顔合わせることも無くて。夏休みが過ぎて、文化祭も体育祭も終わって、後輩たちとお疲れ様でした、って打ち上げに行こうかとしているこの時期に。

あたしは友達と、先生について文句をこぼしてたこともありました。「理不尽な怒り方だ」って、意味わかんないとか、昔はあんなんじゃなかったのに、とか。確かに、中学時代、先生はいつも笑ってて、口論になるなんてありえなかった。

ささいなことで口論になったあの日、先生のあたしに対する言葉が、病気へのあせりや不安から来ていたものだとしたら。あたしは大馬鹿です。気づけなかった。一歩立ち止まって、先生の話を聞いて、たとえあたしが正しいと思ってたとしても、折れるべきだった。

こんな形で先生との会話を終わらせるはずじゃなかった。さいあく。口論の末に一方的に怒りをもったまま、明日、あたしは告別式にいかなくちゃならない。
どうせなら、論文で賞とって、やったあって壇上で叫んで、先生にピースサインのひとつやふたつ、やってみせたかった。

今日は一日中だるくて、ツイッターでは暴走してみたものの、やっぱり何にもできなかった。人がいなくなることの痛みを、あたしはまだよくわかってない。

だからいつか、その痛みがわかったときに、この記事を思い出して、何か考えれたらと思って文章にしました。重い話でごめんなさい。でもこれはダメなわたしのけじめ。

私は今週の日曜、25日に16歳になる。その前に少しでも、大人になる。
ほんとはちょっと記事にするのをためらった。けど、明日告別式であたしは泣かないことをここに誓う。

先生に笑顔でありがとうございましたを言って、立派な部長になる!
ここまではあたしの勢いと感情に任せて書いちゃったから、わけわかんない文章だと思います。それでも今日の日の証に、残しておこうと思います。


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2011/09/20 21:00(0)

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