※※第343話:Make Love(&Impatience).208








 「綾瀬先生って誰?俺、会ったことある?」
 今日もバイトを張り切ってきた羚亜は、夕食の最中にキョトンとした。
 ほとんど見たことがない上に名前も聞いたことのない教師に思われた。

 「そうか、羚亜にとってはその程度のポジションなのか……なら良かった。」
 仕事終わりの玉露を優雅に飲んでいる醐留権は、綾瀬先生の知名度の低さに安堵する。


 「それより要さん、何か嫌な予感がするんだけど気のせいかな?」
 「ああ。先ほどから妙に辺りが騒がしいな。」
 綾瀬先生の話はすぐに忘れられ、醐留権と羚亜は胸騒ぎを覚えた。
 遠くから野太い声が聞こえてくるのを、可能な限り無視していたくて仕方なかった。




 「要いる!?要ーっ!あと登紀子叔母さんとこの羚亜くんも!」
 周りの制止を振り切り、この屋敷の主であり要の父親である必汰が食堂目掛けてまっしぐらにやってきた。
 ふたりとも聞こえない振りをしていたいのだけど、いかんせん煩い。

 お構いなしにバコーン!とドアは開けられ、久しぶりに帰宅した父は高らかに笑って言った。

 「やっぱり要はお父さんに似て美男子だな!そんなお前のお父さんの知り合いが日本でファッションショーやるらしいから、モデルとして駆り出されてくれない!?羚亜くんも一緒に!」

 と。
 いつも突飛な話を持ち帰ってくるのが、醐留権一家の主なのである。
 あと要は明らかに、母の洋子似だった。



 「嫌です。」
 ゾーラ先生と羚亜は同時に即答した。
 「見事なハーモニー!」
 断られたにも拘わらず、父はひたすら感心している。

 「我々は暇人ではないのですよ、お父さん。そんなくだらない企画を持ち帰る暇があったら過労死するくらい働いててください。」
 「要ったら最近ますます、洋子ちゃんに似てきたね……」
 今しがた自分に似ていると言ったばかりの父は、厳しさが母親に似てきた息子に無性にときめいた。
 こけしちゃんはこの父親のときめきにはときめなかない。



 「じゃあさ、要の生徒とかにいない?カリスマモデルも顔負けも超絶美男子とか……」
 「いないのが常でしょうが、奇跡的にいます。ですが彼を紹介する気は毛頭ありません。」
 必汰は息子の生徒に手を出そうとして、奇跡的に条件にぴったりの教え子を持つ要はちょっと、父が痛い目を見ればいいと思ったがやはり生徒を紹介する気はさらさらなかった。
 おまけに、要のおじいちゃんとおばあちゃんは未だに薔が恋人だと勘違いしているので、ビジネスで父と知り合いになればますます話がややこしくなりそうだった。

 しかしながらこの話は、要の気遣いに反してややこしくなってゆくのだった。

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