※※第326話:Make Love(&Especial).197







 綾瀬は兄の憂鬱も忘れてテンションが高くなり、手に取ってスマホケースを眺めたくなった。

 「もっとよく見せてもらってもいいかな?」
 ルンルンとしながら、手を伸ばした。
 すると不意討ちで、ゆびとゆびが優しくぶつかりあった。

 「おおおーうっ!」
 「萌ぴょんたらゾンビの真似上手だね?」
 萌はまたしても奇声を上げて、動けなくなったので了承を得たのだと思った綾瀬はスマホを受け取り、ケースをまじまじと眺めさせてもらった。

 「すごーいっ!左手で持つと人差し指の邪魔をする位置に飾り付けられてる薔薇が、綺麗すぎる!てか萌ぴょん、薔薇が好きだよね、僕も最初の一文字さまは書けるように練習したよ!」
 真心としての誉め言葉と受け取るべきか、綾瀬は感心ひとしきりだった。
 萌は邪魔となる位置に飾り付けたかったのではなく、触れる位置に飾り付けたかったのだと。

 にしても、綾瀬は屡薇のバンドのファンなのだし、二文字とも憶えてあげてよ。


 「ば、薔薇が好きなのは仕方ないじゃん……」
 「知ってるよ?」
 もじもじする萌と、ウフフフと笑う綾瀬はいくらかホラーの雰囲気を払拭できそうなのだが、生憎部屋はまだ薄暗い。
 この妖しいムードに便乗してキスを交わすとか、そんな段階にはまだ到底及ばない。

 「あと萌ぴょん、全体的に5センチ切っただけでも雰囲気変わったね?可愛いよ!」
 「そ、そうかな?」
 どうやら萌はナナと同じ髪型にする勇気はなかったようで、全体的に5センチほど切って整えてもらっただけだった。
 薄暗いのに可愛いと褒められて、キュンとしてしまっている。


 「これからはこうやってたまに、ふたりでおしゃべりとかしようよ。萌ぴょんといると落ち着くし、癒されるし、やっぱり友達って最高だね!」
 ぼんやりと照らし出された満面の笑みはいささか不気味でもあったものの、これほどまでに楽しい時間は滅多に堪能したことがなく、綾瀬は提案した。
 やったことはないのだけど女子会ってこんな感じなのかなとも思い、綾瀬はもっと萌と、友情を深めたいと感じている。

 「…………えっ?」
 同じようにはしゃげたら良かったのに、萌は躊躇ってしまった。
 妙に引っ掛かったのは、“友達”というキーワード。

 友達と言われて、気づかないうちに萌は傷ついていた。


 「そうだね、友達だもんね……」
 と、取り繕って応えたが、しっくりこなかった。
 お兄さんへの復讐をうやむやにしてしまったせいかと思案する萌は無性に、綾瀬の気持ちを知ることもなく踏みにじった(と思われる)幼馴染みに腹を立てていた。
 お弁当に蛭を入れておくのは、そっちにすべきではないかとも考えてしまっていた。

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