※※第200話:Make Love(&Tease).117










 火曜日の部活も、終わった後。
 ナナはばっちりこけしちゃん宅にて、醐留権先生のお誕生日計画についてを聞かされていた。

 「できればぁぁ、ゾーラ先生ぇのお誕生日にはぁぁ、薔くぅんに一番活躍してほしいんだけどぉぉぉ……」
 「えええ!?」
 案の定な願望を告げたこけしちゃんの前、親友が焼いたクッキーを美味しく戴きながらナナはおったまげる。
 腐的な願望はさて置き、真剣に彼女として計画は立ててほしいところである。

 「だからぁ、ケーキもショートケーキにぃぃ…」
 「こけしちゃん!?」
 乙女たちのお誕生日計画はたいそう盛り上がっている様子だ。



 …――――しかしながら、日常にはほんの少しだけ、

 気づかない部分では歪みが生じ始めていた。
















 彼女を親友宅まで送った後、薔はその足でアルバイトの制服を返しに行った。
 羚亜はまあ、積極的に誘ってきた愛羅と一緒に返しに行くかもしれないし。

 予め、再びのバイトは誘わせないオーラを纏って行ったために、渋めのなかなかイケメン店長さんは制服を返しに来てくれたことへの礼を心から述べるだけに止めておいた。

 そして薔はそのまま、屡薇がよく行くスタジオから一番近い図書館へと向かったのである。
 そこに行けばとても重要なことが、否、そんな言葉では到底片付けることのできないことが、わかる気がしていた。









 立ち並ぶ書架の迷路には、行き着く先があるはずだった。
 静かな図書館のなかは、閲覧席はほとんどが高校生や大学生で埋まっている。
 奥まった場所へ行けば行くほど、ひとけはなくなり、導かれている予感が影を伸ばした。
 知らないほうがいいこと、知らなければいけないこと、世の中には様々な真実が溢れている。


 ふと、薔は足を止めた。
 一冊の本のタイトルに、目を引かれたからだ。

 『吸血鬼は実在する』

 その本は、ひっそりと本の間で息を潜めながら、零れ落ちずに引き抜かれる瞬間を待っていた。



 他に目を引くような本も見当たらず、本棚から引き抜いた薔はまず聞いたこともない著者の名前を確認してから、表紙を開く。
 古い本のにおいには、ごく僅かに近日のにおいが混じっていた。

 長い間開かれることのなかったその本は、つい最近開かれたことを物語っているのか、ほんの数箇所だけページの端を歪ませていた。
 屡薇はこの本を読みながら手に汗握っていたとでもいうのだろうか。





 “吸血鬼はいかにして人間を吸血鬼に変えるのか”

 その項目へと薔は黙って目を通していった。
 図書館の窓から見える暗い夜空には、どす黒い雲が広がり始めている。
 今夜の予報は、雨だった。
 もちろん、彼女を迎えに行った後は、ふたり一つの傘で帰宅をするつもりだ。



 改めて、自分は絶対にヴァンパイアになることのできない唯一の存在なのだと、薔は思い知る。
 ずっと彼女と一緒にいることは、どうやっても叶わない運命だった。

 皮肉な事実に自嘲的な笑いを浮かべた彼は、補足を読み、深く目を見開いた。
 人間である薔の脳内では、事実をきちんと記憶することができていた。
 途中で、狂いそうな嫉妬により震え始めた手を、彼は心で厳しく制止する。


 屡薇の中からその記憶が失われていることで、薔は知ってしまった、

 竜紀をヴァンパイアに変えたのは、ナナであるということを。






 最早彼にとって、その理由などどうでもよいものだった。
 きっと理由を知りたがるだろうと思い上がっている竜紀の、最大の誤算が物語の歯車を次第に狂わせてゆく。




 そっと本を閉じた薔は、あまりにも静かな声で何よりも力強く呟いた。

 「俺が……ナナを護んねぇと……」





 …――――――例え、何があっても。







 暗澹とした真っ暗な空からはぽつぽつと、雨が降り出した。







 少しずつ、壊れてゆく。
 それと同時に少しずつ、つよく結ばれて、離れられなくなってゆく。

 悲哀なる定めは、どちらに微笑むのか。















  …――Even instead of the life I protect you.

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