※※第205話:Make Love(&Beloved).120
「ヒントって、ありますか?」
りんごを一切れ食べてしまうと、新しい一切れにフォークを刺してナナは控えめに尋ねる。
「そうだな……それはおまえの優しさだな?」
薔はナナを見ながら笑って返した。
彼の言葉によって、ナナは何となく、それは目には見えないものなのだろうと思えていた。
優しさとは、本来そういうものではないのだろうか。
黙ってりんごをかじると、口のなかにはまた果汁が弾けるように広がって、
「俺はおまえに出逢うまでは、優しさなんてすっかり忘れてたよ……」
自嘲気味に笑った薔はそっとフォークを皿に置いた。
ナナには信じられない、だって彼はこんなにも彼女にはやさしいのだから。
「誰かを愛することも、無えと思ってたし、笑うことも泣くことも、傷は癒えるんだってことも……忘れたまんまただ生きてた、」
薔は愛おしげな眼差しでナナを見つめ、手を伸ばすと彼女のあたまを撫でた。
嬉しくなって恥ずかしくて、りんごをまたひとつ食べてしまったナナもフォークを皿へと置く。
すると、薔はそっと彼女を抱きしめた。
あまりの心地よさと胸の高鳴り、包まれた腕のなかでナナは彼の鼓動もひしと感じている。
甘い匂いとぬくもりに、蕩けてしまいそうになる。
「おまえが憶い出させてくれたんだ…」
ゆっくりと髪を撫でながら、薔は穏やかに言葉を紡いでゆく。
耳もとで響くやさしい声に、ナナは心を傾ける。
「だから、俺はおまえのためなら――――――…」
彼女がちゃんと聴いているからこそ、薔はその先の言葉だけは決して口にはしなかった。
ただ、くちびるを動かして伝わらないように伝えただけだった。
「死ねるよ」
彼女のために生きたい、ずっと一緒にいたいという気持ちに揺るぎはない、むしろ強くなる一方だ。
けれど、ナナをこの世から消すことのできる唯一の存在が竜紀であるという真実を知ってしまった以上、“何があっても彼女を護りたい”という気持ちとそれらは共に生き続けることができるものではなかった。
薔は竜紀を、この世から消すことのできる特殊な血液F・B・Dを持っている。
彼女を護るために、自分を犠牲にすることを彼はいとわない。
でなければ、彼女を連れて、永遠に消え去ることしか彼にはできない運命なのだ。
愛するナナとずっと一緒に生きつづけることは、薔だけが、叶わなかった。
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