※※第171話:Make Love(&Pain).98








 「劇はとっても楽しみですけど、ほとんど薔のお顔が隠れてるなんてもったいないですよね!」
 「そうか?」
 夕陽の赤に染まった家路を、仲良く手を繋いで歩いていた。
 今に日は沈む、空の血の気は少しずつ引いてゆく。
 もうすぐマンションへと辿り着く。


 「そうですよ!」
 と、勢いよく隣を見たナナさんは、

 「あっ!フウちゃん!」

 マンションの入り口付近に、トートバッグを手にやや挙動不審にしている真依を発見した。



 「えっ?あたし?」
 明らかに自分に対して掛けられた声だったため、真依はしばしキョトン。


 「またお弁当ですか?」
 ナナは尋ねてみる。
 そのとき薔は、真依のなかでいつもと違うある点を発見した。





 「ほんとは来るなって言われてるんだけど、またこれお願いします!」
 「来るななんてひどいじゃないですか!かしこまりました!」
 ちょい憤慨したナナが、ばっちりお弁当の入ったトートバッグを受け取ると、


 「……危ねぇから、来るなってことだろ?」

 突然、静かな雰囲気で薔が真依へと問いかけた。





 「薔…?」
 ナナの胸は、ざわつく。
 繋いでいる手に、どこかしら不安定な力がこもった気がしたからだ。

 「え?いや、あの…」
 真依はたじろぐ。
 しまった、と思った。
 今日は怪我をしていることもあり仕事を休んだ真依は、昨夜のことは“隣の彼には言わないでね?”と屡薇に念を押されていた。





 「あんた、左利きじゃねぇもんな、」
 夕焼けの空を背にし、薔はとても静かにつづけると、

 「早く帰ったほうがいいぞ?まだ夕陽は沈んでねえ。」

 そう言い残し、ナナの手を強引に引いて歩いていった。


 真依は彼らの後ろ姿を見送っていたが、はっと我に返り言われた通り、もときた道を足早に歩きだした。











 「薔っ…、どうしたんですか…?」
 やっぱりおかしいと思ったナナは、思いきって言葉にした。

 彼は何も言わず、ただ彼女の手をグイグイと引いて歩いてゆく。
 「薔……」
 ナナは泣きそうになって、小さな声で彼の名を呼ぶ。






 そして、ふたりしてエレベーターへと乗り込んだとたん、

 「…――――っ、」

 薔はしがみつくように、ナナへと抱きついてきた。

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