※※第170話:Make Love(&Healing).97
真依への電話がいっこうに繋がらないことに、屡薇は不安を覚えずにはいられなかった。
彼女のアパートに辿り着くと、タクシーの運ちゃんにお釣はいらないという普段ならやけに気前のいい言葉を掛けてしまったくらいだ。
急いで、真依の部屋へと向かう。
自分が以前住んでいたボロアパートと比べなくとも、小綺麗なアパートだった。
チャイムを押したが、人の出てくる気配はない。
一抹の明かりも中から漏れてはこない。
「真依さん…?」
屡薇は恐る恐る、ドアのノブへと手を掛け、回した。
ガチャ――――…
ドアは、開いていた。
屡薇は用心深く、中へと足を踏み入れる。
部屋のなかには、闇と静寂が立ち込めている。
「真依さん?」
静けさを蹴破るように、玄関から暗がりへ向けて屡薇は彼女の名前を呼び、奥の部屋へと歩いていった。
短い廊下の突き当たりの部屋のドアを開け、
「真依さん、いる?」
屡薇は声を掛けてみた。
すると、
「あ……、嘘……」
驚いた様子の彼女の声は、すぐ近くから聞こえてきた。
屡薇はその声に、心底安堵し、
「真依さん、無用心だよ。鍵かかってなかったし、こんなに真っ暗にしてちゃ…」
手探りで、明かりを灯した。
そして、愕然とした。
「鍵…かけてなかったんだ…、どうしてあの男……ここまでは来なかったんだろ……」
真依は部屋の入り口近くで膝を抱え、肩を血の色に染め震えていたのだ。
「真依さん!?大丈夫!?」
屡薇は急いで、彼女へと駆け寄った。
傷はごく浅いものだったが、まさかこれをつけたのは――――――…
「……怖かった…、屡薇くんが、来ないから心配になって…、外に出てみたら、全然知らない男に…襲われた…、変なヤツだった…、寒くないのに…コート着てた……」
膝を抱え震えながら、真依は譫言のように言葉にする。
屡薇は息を呑む。
間違いない、あの男の仕業だ。
「それに…あたしがぐずぐずしてるからって…、なにそれ…、わけわかんない……」
彼女の視点は定まっておらず、暗がりでずっと怯えていたのかと思うと堪らない激情は押し寄せ、
「ごめん、俺が遅くなったから…、ごめんね?真依さん…」
屡薇は真依を抱きしめていた。
「もうっ…、ほんと…なにやって」
真依も思わず彼へとしがみついたのだけど、
「だだだからって、抱きしめなくていいーっ!」
「元気になってよかったよ…」
我に返ると真っ赤になり、慌てて離れようとした。
けれどますます強く抱きしめられちゃいました。
「まずは傷の手当てだけど、今夜は心配だから泊まってってあげるね?」
「はあぁぁぁぁぁあ!?」
…――――過去はゆっくりじわじわと、影を伸ばし、
高く積み上げたものさえもばらばらに崩してしまおうと嘲笑っていた。
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