第九話:光放つ失望







 掻き出される愛液の音が、部屋中に響き渡る。

 「や…っ、やだ…っ、イっちゃう…っ」
 躰を反らした梨由はふと、声が隣の部屋に筒抜けであることを思い出した。
 なら、このいやらしい音たちは?
 荒くなる息づかいは?
 どこまで聞かれてしまっているのか、わからない。
 口をつぐもうとしたけれど、兄に問い詰められそうで、こわい。

 「この程度で?」
 面白そうに笑った武瑠はわざとらしく、ゆびの動きをじれったくさせた。
 「……っっ、ん…っあっ」
 びくんとつまさきを跳ねさせた梨由は、思わず息を呑む。
 焦らされてしまって、辛い、それでも全身は愉悦に火照る。


 ヌグッ…クチュッ――…

 ゆびはなめらかにごく浅くを撫で回し、不意に隣の壁を見やった武瑠は事も無げに言った。

 「漏れてるのは主に、おまえの声だけだ」

 と。
 心臓を何かで叩かれたような感じがして、梨由は目を見開く。
 兄はまだ、壁を見ている、妹を焦らしながら。
 恐ろしいくらいに、きれいな横顔だった。


 「追い詰めてると楽しくて、梨由の気づいてねぇとこでも追い詰めるのが楽しくて……わざと聞かせてた、俺は敢えて声については注意しなかった」
 くすくすと笑った武瑠はゆっくりと、視線を彼女へ戻す。
 はっきりとした照明が灯された部屋のなか、彼の表情は妖しく翳っている。

 梨由は一瞬まばたきを忘れた、今朝の、隣人と鉄太のやりとりまでまるで、兄は全て見ていたように思えてしまったから。
 計算した上で、そうなるように仕向けたのではないかとまで考えてしまったから。



 「まあ、最低だとは自分でもわかってる」
 そんなことをわかっているふうにはちっとも見えない大胆不敵な言い方で、武瑠は再びゆびを深く入れてくる。

 「でも梨由はそういうことされたほうが、悦んじゃうんだよな……」





 「んあ…っ、あ…っっ」
 ゆびはまた素早く抜き差しされだし、中の、ざらついた敏感な部分をたくさん擦られた。
 躰がふるえて、気持ちよくて止まらない。
 この快楽も、兄の描いたシナリオのひとつなのか。
 ただ自由自在に与えることで、妹を捕らえてゆくだけなのか。

 何れにせよ、梨由は兄の言う通り、ひたすら悦んでしまっていた。
 こわいと思うことも戸惑いも不安も、何もかもが快感へとすり替えられてしまう。


 「あっんんっっ!」
 梨由は達してしまい、腰を跳ねさせながらぐったりとシーツにもたれた。
 微かに、乱れた兄の吐息が零れ落ちて、聴覚を虜にさせる。

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