第八話:虚無と楽園
兄と妹の世界では否定することのできない激しい愛情を、肯定してくれる人などこの世にはいないだろう。
愛には様々な形があるとは言ってみても、血の繋がっているふたりにとってそれは“家族愛”と呼ばれるものでなければならない、男女が本能により焦がれる“恋愛”ではあってはならないのだ。
愛してしまったひとがたまたま実の兄だっただけだと言葉にしてみたところで、その切実な想いは誰の耳にも届かない。
同じく実の妹を愛してしまった兄にだけは、届いてくれる、だからふたりは愛しあいながらも常に果てしなく孤独だった。
ふたりでいても、その温もりを躰の中にまで感じていても、報われないことを気が狂いそうなまでに知っている、永遠に――孤独なままだ。
ひた隠しにしてきたと言うのに、兄がいとも容易く暴いてしまった。
恋人同士としてセックスをすることに何の意味も見出だせない、でも、彼に溺れてゆくことしかできない。
「あっ…あああっっ!」
梨由は絶頂を得た。
兄の表情をもっと鮮やかに瞳に焼きつけたかったが、至上の快感に堪えられずきつく目をつむってしまった。
「……っ!」
妹が絶頂を得ると、武瑠も避妊具のなかへと勢いよく射精をした。
「……っん」
ふたりはくちびるを重ねる。
ヴァギナで狂熱が膨張し、ゆっくりと中を撫で上げるように、武瑠はキスを落としながらも艶かしく腰を動かしていた。
梨由は彼のシャツを掴み、深くて濃いキスを貪る。
舌先が絡みあい、吸いつくみたいにくちびるを触れあわせて、時折緩やかな速度で彼は最奥を突き上げた。
「はっ……」
吐息を零れさせて僅かばかりにくちびるを放し、妹を見つめた兄は髪をしなやかに撫でると抜いていった。
「あ…あっ、あ…っ」
躰をふるわせた梨由の中から、白濁液は溢れだしてこない。
残念に思えて仕方ない彼女は、兄が感じさせてくれる罪悪感にも興奮を覚えてしまっている。
「……このまま俺たち、死んでもいいな」
汗ばむ武瑠は乱れた髪にゆびを絡めて、妖しく穏やかに微笑みかけた。
同じ気持ちであることを思い知らされ、無性に泣き出したくなった、ここまでくればもう失うものの重さなど微々たるものに過ぎないとさえ思えていた。
ただ一人愛する男に、愛してもらえた、どう足掻いても愛してもらえないと思っていたひとに、愛してもらうことができた。
それなら梨由も、このまま彼と共に死んでしまうことはむしろ本望だった。
厄介で苦痛なものばかり手に入れてゆく現実と相反して、兄は一時でも最高の幸福と快楽を妹にもたらしてくれる。
天秤にかけるまでもない、梨由にとってはいつだって武瑠しか要らなかった、全てだった、血の繋がりが残酷なのか愛こそが残酷なのか。
人の踏み行うべき道からはとうに外れてしまっている、けれど、踏み行うべき道というものを一歩も外れることなく真っ直ぐに歩いてゆける人間なんて存在しうるのだろうか。
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