第八話:虚無と楽園
すかさず舌を絡め取られる。
荒々しく溢れる吐息が、何度も触れあうくちびるを撫でるように交ざりあった。
髪を掴まれあたまを引き寄せられた梨由は、自分の呼吸が今どこにあるのかを忘れそうになる。
「もっと伸ばせって……」
ゆっくりとくちびるを舐めてなぞり、武瑠は囁いた。
その後に少し強く、舌が吸われて引っ張られる。
「んっ…あっ、は…っ」
梨由には一生懸命に、兄の言われた通りにするしかできなかった。
何より自分で、そうしたくてどうしようもなかったから。
懸命に伸ばした舌は音を響かせ舌で深く絡められた。
結合部の淫音は高くなり、動きの激しさで畳の床まで軋んでいる。
階下の住人に迷惑を掛けてしまうのではないかという配慮も、快楽が完全に払拭させていた。
今日は中には出してもらえない、梨由だって切望をした“きちんと避妊をすること”を、至上の気持ちよさがひどく残念に思わせる。
浅はかだと、心の隅っこで考えても尚なにもかもが浅はかだった。
どう足掻いても叶わない兄への愛情だけが、深く深く募り雪崩のように押し寄せる。
ズッッ――――…!
「んっっ!」
一気に突き上げられ最奥へ当てられた梨由は、絶頂を得た。
つまさきまで痺れてふるえ、中は猛々しい鼓動を求めて収縮している。
「はっ……」
乱れた息を上げてくちびるを離した武瑠は、妹の視覚を奪っていた目隠しを無造作に解いた。
湿って重くなったネクタイは、傍らに放られる。
「あっあっ…あっ、ん…っあっ、ん…っ」
梨由はうっすらと目を開いた、薄暗い視界にぼんやりと最愛のひとの姿が映る。
いつだって彼女はそうだった、逃げようとしたことは数えきれないほどあったが、いつも視線の先にいるのはただ一人、実の兄である武瑠だけだった。
愛してはいけないといくら言い聞かせても、彼を愛する気持ちは誰にも止められなかった。
「んっあっあ…っんっ、武瑠…っ、あ…っ」
梨由は必死になって、両手でシャツを掴んだ。
男らしい躰、ほんのりと残る煙草の匂い、セックスをしている相手はもう――兄ではないのだ。
今だけは、その倒錯に溺れていたい。
「そうだよ?それでいい……俺の名前を呼ぶことに、おまえはもう躊躇わなくていいんだ」
武瑠はふっと笑って、妹をきつく抱き返した。
「ああっあっあっ…あっ、あっ…んんっ」
密着して、腰づかいが激しくなり、梨由はどこまでも声を上擦らせる。
耳に掛かる熱い息が淫靡に濡れて、哀しい幸せに満ちていた、ふたりは確かに愛しあっていた、不確かな世界で。
実らない盲愛に、ひたすら手探りで抱きあっている、互いを見つめすぎて足許すら見えない。
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