第七話:無二の累卵







 正直な言葉を、梨由は想いの限りで振り絞った。
 求めて止まない気持ちが、兄と交わる躊躇いを遠ざけてゆく。

 「じゃあ、入れてあげない」
 ところが、言えと命じてきたのは武瑠のほうだというのに、彼はゆびを離していってしまった。
 「え…っ!?お兄……ちゃっ……」
 梨由はただただ、焦った。
 兄がこのまま自分を放って、帰ってしまうのではないかと思ったからだ。
 けれど武瑠の息づかいや匂いは離れてゆくことはなく、ジッポライターの開閉音がやけに心地よく聴覚を刺激した。

 目隠しによって視覚を奪われている梨由は、憶い出す、これは罰であるということを。
 それなら、求めるままに躰を弄りはしない兄のやり方は妥当に思えた、この時点ですっかり妹の脳内は“贖罪”という感覚に蝕まれていた。
 焦らされてしまった膣内が、ひくひくと哀しげにふるえている。


 「目隠し、外してぇなら外せば?」
 煙草の煙を吐いた後に、武瑠は妹へといつでもネクタイが解ける状態であることを思い知らせた。
 「えっ……?」
 梨由は困惑する、目隠しをされたときは必死で解こうとしたネクタイを、今は解くのが怖くなっていた。

 「そしておまえは、醜い独占欲に歪んだお兄ちゃんの姿を見て、嫌いになればいい」
 部屋のなかへ微かに響いた笑い声は、どこか苦しそうでとても自嘲的なものだった。
 梨由は息を呑む。
 大好きな兄が吸う煙草の、煙の匂いは嗅覚を苦く甘く刺激する。

 「二度と顔も見たくねぇと心底思えるくらいに俺を嫌悪すれば、おまえが嘘をつく必要もなくなる……俺がおまえに罰を与える必要もなくなる」
 ガタリと、灰皿が引き寄せられる音がした。
 少し吸っただけの煙草は押し付けられ、消されたのだと感じて取れた。

 「さあ、梨由、おまえはどっちを選ぶ?」
 落ち着いた声が、優しい口調が、何とも残酷な選択を迫る。



 目隠しを解いたところで、圧倒的な独占欲を見せつけられたところで、兄を嫌いになどなれるわけがないとわかりきっていた。
 醜さですら至上の美しさを孕み、すべてで自分を魅了するくせに何と卑怯な質問を投げ掛けてくるのだろう。
 その卑怯な質問にだって、どこまでも惹かれてしまう。
 背徳心は、煙草の火のようには消すことができない、燻りもしない、絶対的な焔となり燃え上がっていた。


 「外さっ……ないよ……」
 梨由は小さな声で、応える。
 動かせるはずの両手を、無抵抗にだらりと下ろしたまま、兄が再び触れてくれることを待ちわびる。

 「だから……お兄ちゃん…っ、……どんな罰でもっ……与えてよ……」
 妹は兄を欲しがり、兄は妹を欲しがる、逆らうことのできない溺愛と纏わりつく罪悪感。
 泣き叫んでいる気がした、互いの、心が。

[ 69/96 ]

[前へ] [次へ]

[ページを選ぶ]

[章一覧へ戻る]
[しおりを挟む]


戻る