第四話:堕落の喝采







 「ん…っ、ん……」

 掴まれた手首は痛い、それなのに絡め取られる舌触りは優しくて甘い。
 卑怯なキスは、呼吸も抵抗も、何もかもを忘れさせる寸前だった。
 相も変わらず武瑠は、舌で舌を絡めて全身のちからすらも奪い始める。
 梨由の躰は火照り、滲む汗は服へと染み込んで、思考がくらくらと覚束なくなってゆく。

 しかし、例えひとつかみの理性であろうと、死に物狂いで手繰り寄せるのは今しかなかった。
 すぐに、すべてを持っていかれてしまうのだから。

 ガリッ――――…!

 梨由は、重なる兄のくちびるを、力任せに咬んだ。



 「……ふぅん」
 くちびるを離した武瑠は、躰を起こす。
 その表情には痛みなど、微塵も感じさせない。
 くちびるの端から、血液は一筋となって兄の肌を伝い落ちた。

 「あ……」
 不謹慎にも梨由は、その妖艶な様をもっと明るい場所で見たかったと思ってしまった。
 繋がった血はきっと、鮮やかな朱をゆっくりと引いていったのに違いない。



 「梨由もこういう事、しちゃうんだね……」
 笑った武瑠は右手を離し、伝った血液を親指で拭った。
 梨由の左手は、自由となる。
 けれどどうしたものか、抵抗のために動かすことをすでに忘れているようなのだ。
 せっかく、兄のくちびるを咬み切ったと言うのに。

 「あ…っ、ごめんっ…なさい……」
 思うように動けないもどかしさから、無性に泣きたくなった梨由は小さな声で謝り、
 「別にいいよ?お兄ちゃんの血を見て梨由が興奮してくれるなら」
 余裕綽々と笑って、武瑠は妹の顎を右手で掴んだ。
 親指に付いた血が、梨由の顎にも赤く歪んだ跡を残す。


 くちゅりと、今度は顎を掴まれたままキスが落とされた。

 「ん…っ、は……っ」
 掴まれた顎は下へと引かれ、舌が触れあいだす。
 キスは甘く、同時にやわらかな鉄のような、血の味がしていた。

 重なる躰。
 脚まで絡み、シーツが波打つ。

 梨由は左手で、兄のシャツを掴んだ。
 ゆびさきから伝わる湿った汗の感覚に、昂る。

 武瑠は顎から離した手で、妹のスカートをゆっくりと捲り上げていき、撫でられる太股の汗にも僅かな朱が混ざった。

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