第四話:堕落の喝采






 「あっ……あたしっ……」
 我に返った梨由には鉄太への止め処ない罪悪感が押し寄せた。
 その罪の意識によって突き動かされた彼女は、汗を拭うこともせず鉄太のもとへ戻ろうとしたのである。


 きびすを返し、すぐ目の前にある薄明かりが当たるドアまで走った。
 ほんの僅かな距離の中にも今度は、自分は走っているのだという感覚を掴むことができていた。



 そして辿り着いた玄関で、ドアの錠を開けようとした瞬間、

 ダンッ――――…!

 後ろから、片手でドアを叩きつけられた。
 あまりの勢いに、ドアノブに手をかけたまま梨由は息を呑む。



 「ダメだよ、行かせない」
 ドアを叩きつけた力強さとは対照的に、優しく妹の肩を抱いて、後ろから耳もと武瑠は低い声で吹き掛けた。

 「今ここで梨由に置いてかれちゃったら…お兄ちゃん嫉妬に狂って何しでかすかわかんないよ?」



 心臓を鷲掴みにするには、じゅうぶんすぎるほどの甘く辛辣な囁きだった。

 「やだ……お兄ちゃん、離して……」
 俯いて、汗を流して、梨由は消え入りそうな声で兄を振り払おうとした。
 ただ、優しく肩を抱く大好きな兄の手を。
 抗えないはずはない、なのにどうやっても抗えない。
 吹き抜けていった夜風が、ふたりの髪を揺らす。

 「ほんとに離してほしかったら、簡単に振り解けるだろ?お兄ちゃんはすごく優しく梨由を抱いてるんだから……」
 全てお見通しといった感じで、笑った武瑠は梨由を抱き寄せた。
 兄は妹を離さない、それと同時に妹は兄から離れられないのだ。



 「ほら、おいで?今日もお兄ちゃんとイケナイことするんだろ?」
 そのまま武瑠は、ぐいぐいと梨由を引っ張って、部屋へと戻ると、

 ドサッ――――…!

 「や…っ」

 勝手に敷いたのだと思われる、布団の上へ妹を無理矢理押し倒した。
 弾みで落ちた鍵が、畳の上で跳ね返りか弱い煌めきを見せる。

 ピシャリと、今夜は荒々しく窓は閉められていた。
 何という、熱帯夜。
 煙草の匂い――いつの間にこの部屋まで支配されていたのか?




 武瑠は妹へのし掛かると、両の手首を掴んで押さえつけ、

 「……待たせた分、責任取れよ?」

 激しくくちびるを奪いにきた。

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