第十話:沈む細波







 「そんなの……やだよ、お兄ちゃん……」
 淫らな火照りを悟られないよう、梨由は小さな声で返す。
 ずっと、周りに気づかれないようにして生きてきた、だからこそ不毛な劣情は自分の手では抱えきれなくなっている。

 端から悟られていることを、悟られないように努めるのは何と虚しい努力だろう。
 その虚しい努力ですら、躰は快感に変えることができる、与えるのが兄である限り。


 『駄々っ子は止めて、起こした責任取れよ』
 電話の向こう、兄は愉しげに笑っていた。
 梨由から電話を掛けてくれたことを嬉しいと言っておきながら、起こした責任を取れとも言う。
 駄々っ子と言って諭すやり方も幼い頃のやり取りを彷彿とさせて、これからしようとしている行為とはあまりにも不釣り合いだった。

 狡い言葉選びをしながら、兄は妹を陥れる。


 「……っ」
 ぶるりとふるえた梨由は汗ばんでいるパジャマを掴んだ。
 『持て余すより触れたほうが楽になるぞ?』
 急かす武瑠は煙草に火をつけたようだった。
 カチリと、ライターの音が微かに聞こえた。

 梨由は兄の立てるそれらの音が、大好きだった。
 どんなものでも、兄の手の中にあると特別なものに思えてしまう。
 世界に溢れかえっているものが、兄に触れられただけで妙な希少価値を帯びる。

 何れは潰され灰皿の隅に捨てられようとも。




 「……は…っ、恥ずかしいよ……」
 鼓動が高鳴った梨由はおもむろに、パジャマの下へと片手を忍ばせた。
 『恥ずかしくても結局はお兄ちゃんに従うのか……おまえは可愛いな、昔っから』
 煙草の煙を吐いた武瑠は、兄として妹を可愛がりたいのか、恋人として彼女と愛しあいたいのか。

 ばかげたことを考える、これはただのお遊びでしかないのに。


 「ん…っ、ん……」
 パンツのうえから秘裂をなぞった梨由は、羞恥的な濡れ具合にも興奮した。
 ぬるぬるしていて、ゆびを這わせるとクチュクチュと音を立てた。
 『……どれくらい濡れてる?』
 武瑠は確かめる。
 煙草の匂いを憶い出し、梨由はいっそう昂る。

 「あ……っあ、いっぱい…っ、濡れてる…っ」
 正直に応えて、直に触れていった。
 熱くなった割れ目から、さらなる蜜が溢れだす。

 『違うだろ?梨由』
 呆れたように息をした武瑠の言い方だけは、優しかった。
 かけがえのない一本の煙草はおそらく、灰皿に押しつけられ呆気なく火を消された。

 『こういうときはちゃんと音で聞かせねぇと……』

 反して、兄は妹の奥底で燻る不埒な焔を燃え上がらせていった。

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