第60話:Love(&Missing…).42











 …――As if I was a ghost.













 薔が、姿を消した。

 あの日から、一週間が過ぎようとしている。

 わたしは薔に会えないまま、9月を迎えてしまった。





 驚いた…というより、思い知らされたことに、わたしはあのひとに出逢うまで387年という長い年月を生きてきたのだけど、ぷつりとあのひとがいなくなってしまうと、どうやって生きたらいいのかがまったくわからなくなっていた。

 どう生きてきたのかさえも、まったくわからない。


 ただ、前にも後ろにも、例えどこを見ていようとも、見えているのはただひとり、薔だけだった。













 ――――――――…

 「………………、」
 ナナはリビングで、花子と向かい合って、宅配サービスのお弁当を食べていた。
 本人は食べていることを、あまりよくわかってはいないのだが。


 なんと、薔が消えた日の夜から、マンションには毎日お弁当が届くようになったのだ。
 平日は朝晩、土日は三食と。
 ナナが何日かは不自由なく暮らしてゆけるほどの、生活費もちゃんと残されていた。

 食べる気になど到底なれなかったが、依頼人が薔だと聞いて、ナナは愕然とした。
 そのためもあって、少しずつだが、食べ物を口に運ぶことができた。



 何もかもが非現実的に思えて、ナナにはよくわからなかったのだが、ひとつだけ、確かに感じ取っていたことがある。

 それは…、



 薔はどこかで、生きているのだということ。




 考えたくもなかったが、もし彼が死んでしまったのなら、いなくなる前に業者へ依頼をしたということになる。
 それなら、薔が姿を消してしまった日の、朝からちゃんとした食事は届いたはずだ。

 しかし、それは夜から始まった。

 姿を消した後に、自身の携帯で依頼をしたのであろう。



 なぜなら、薔の携帯も、彼と一緒に忽然と姿を消してしまったからだ。



 ナナは四六時中、薔からの連絡を待ったが、彼と電話で繋がることはいっこうに叶わずにいた。





 時計だけがチクタクと、止まってしまった世界の時間を滞りなく進めてゆく。











 コツコツ…

 ふと、ドアの外に足音が聞こえて、ナナははっと顔を上げる。


 「薔…………?」
 何度も足音に反応し、やっと彼が帰ってきたのだと一縷の望みを掴みかける彼女は、目が赤く腫れて顔色は悪く、頬には少しの影ができていた。



 ダッ―――――――…

 ナナは立ち上がり、玄関に向かって駆けてゆく。



 ところが、彼女がドアノブへと手を伸ばした瞬間、足音はドアの前を呆気なく通り過ぎていった。




 「…………………、」

 …足音って、あのひとがいるときはどう聞こえてたっけ?

 こんなにも大きな音に、聞こえてたっけ?




 …――――わかんないよ…




 だれかの足音を聞くだけで、こんなにも、苦しいよ……

 はやく、帰ってきてほしいよ………



 「うっ…、うぅっ……」
 ナナはポタポタと涙を零し、玄関の上がり口にしゃがみ込む。

 「クゥン…」
 いつの間にか隣に寄り添っていた花子が、悲しげな声でナナのゆびを舐めた。

 「はらこちゃっ…っ、…っぐ、っ、」
 いくら泣いても涙は、次々と頬を伝う。





 …――花子ちゃん、あなたも辛くて仕方ないのに、わたしばかりが慰めてもらって、

 …ごめんね――――――…





 ………薔、

 あなたは、こころにもからだにも傷を負ったまま、

 いったい、どこに、行ってしまったのですか?





 あなたが例え、ここにはいなくても、

 わたしには、
 あなたしか見えなくて、

 前を向いて歩くことが、

 ちっとも、できません。

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