愛するしか出来ない。
漣がとぼとぼと、咲の病室へ戻ると、
ぶわっ
ドアを開けた瞬間、風が吹き抜けていったのだ。
「え――――――…?」
慌てた漣は、部屋を見渡す。
すると、病室のまえには突き出たバルコニーがあり、その手すりに手を掛け、風に吹かれた咲が立っていた。
「咲っ、何をやってるの!?」
ナースコールを鳴らすとか、そういった手段はいっさい浮かばず、青ざめた漣は急いでバルコニーへと飛び出した。
「咲っ!」
走りながら、確かな声で漣が名前を呼ぶと、
「来んな!」
背を向けたまま、咲は叫んだ。
「なんで?風邪ひいちゃうよ?早く戻ろうよ。」
言われた通りに立ち止まり、やさしい声を掛ける、漣。
「風邪なん引かねぇよ、どうせここから、俺は落ちて死ぬ。」
微かに笑いながら、告げた咲に向かって、
「なら、抱きしめさせてよ!」
漣は強く、叫んだ。
「は?おまえ、なに言って…、」
思わず振り向く、咲。
「抱きしめたまま、僕も一緒に落ちるから。」
力強く告げた漣の眼差しは、揺るぎなき信念をあらわにしている。
「無責任なこと言うな!おまえは、この国の王太子なんだろ!?」
その眼差しに射抜かれそうだが、咲は声を張り上げた。
「どこが無責任なの?愛するひとをただ見殺しにするほうが、よっぽど無責任だよ。」
漣は確かに響く声で、つづける。
「なら、言うよ…、俺、今日、担任のクソヤローに、犯されたんだ……」
吹き付ける風が、俯き明かす咲の柔らかな髪を、たなびかせてゆく。
「嫌だろ…?そんな…、誰にでも襲われるヤツ……」
風のなか、涙が月光を浴びてキラキラと舞っているのを、漣は見逃さなかった。
「大好きだよ?咲。」
まず他に言うべき言葉が、浮かばない。
「僕はね、咲を、何があっても愛することしか出来ないの。嫌いになんて、なれない。咲はなんにも、悪くないじゃん?それで嫌いになるくらいなら、初めから愛じゃないもん。」
涙で濡れた顔を、咲が上げると、
「だから、抱きしめてるから、一緒に落ちよっか?」
微笑んではいるが、漣の瞳からも涙が伝い落ちていた。
…――あぁ、おまえ、泣いてるわりには、笑顔が眩しくて、
もっと、近くで、見てもいいか―――――――…?
「いい……、落ちなくて……」
ふっと、紡がれてゆく咲の言葉は、
「えっ?なに?聞こえないよ、咲っ、」
風がさらってゆくため漣には聞こえていないが、咲のこころのなかには強く浮かび上がった。
「俺…、おまえに会えて、ほんと、良かっ………」
「漣……っ!」
手すりを飛び越えることなく、咲は、その胸へと飛び込んだ。
「あったかい…、漣、愛してるよ………」
ぎゅっ
しがみつく、華奢なからだを抱き返し、
「うん、温めてあげるね…、大好きだよ、咲………」
やっぱり漣は、ポロポロと泣いてしまった。
月の光は穏やかに、バルコニーへと降り注いだ。
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