教えて、愛を。






 花束を抱えているのは、どうやら男性だったが、顔は薔薇で隠れて窺うことができない。
 静かに、物音も立てず、ひっそりとそのひとは歩いていた。
 真っ黒なロングコートに、からだを包み込んで。




 薔薇に見とれていた咲のまえ、



 「いた…っ……………」



 そのひとは、ビクッと右手の人差し指をあげ、すこし花束を離した。






 あどけない感じはしたが、二十歳そこそこ、か。

 長いまつげが、頬のふくらみに影をつくって。

 サラサラの黒髪は、冷たい風にたなびくように、薔薇の花びらが数枚舞って彩りを添える。





 儚げなその青年は、ゆびからポタポタとあかい血を零した。
 棘が、刺して、しまったのだろう。



 ただ、モノクロなこの空間で、薔薇と血の紅だけは確かだった。






 「どうしよう………いっぱい、出てきちゃった………………」
 流れ伝う血は、手首までもをあかく染めてゆく。

 「いた……………」
 ゆびから血を流し、立ち尽くす青年に、




 「大丈夫か?」




 自然と咲は、声をかけていた。






 ビクッとした青年の抱える花束から、花びらがいくつか舞い降りる。

 言葉も出せず立ち尽くす青年に、咲はゆっくり歩み寄った。



 「あ、の…………」
 やっと口を開いた青年は、かすかに震えており。


 「見せろ。」

 クイッ――――…

 咲はその手首を掴むと、持ち上げてゆびさきを見つめた。




 「傷は深いが、棘は残ってねぇ。」

 ゆびさきを見つめたまま、力強く囁いた咲は、


 クプ―――――…


 血染められたゆびさきを、くちに咥えた。



 「ふあ…っ…………」
 青年はビクンとして、今度は頬をあかく染めてゆく。


 咲は舌で、手首の血までもきれいに舐め取った。




 離す瞬間、すこしだけ深くゆびを咥えて、



 「棘のある薔薇は、うつくしいが危険だ。気をつけろ。」



 くちびるに血のルージュをひいた咲は、それだけ言い残して青年から去っていった。



 青年のゆびはきれいになったが、彼は頬をあかく染め、俯いて白い息を吐いていた。

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