ハッピーバースデーはカニバリズムで
物音を立てないよう、玄関のドアを開ける。薄暗い上り口の先、リビングは真っ暗だったが、廊下に面した寝室からは明かりが漏れていた。
その、漏れてくる明かりのおかげで、僕は気づくことができた。
彼女のお気に入りの可愛らしいパンプスの横に、男性ものの大きな靴が並んでいた。
会社の同僚や上司が訪ねてきているのかもしれない、彼女はとても仕事熱心で周りからの人望も厚いようだから、仕事の話をしているのかもしれない。それか、もしかしたら彼女のお父さんが訪ねてきているのかもしれない、父親思いの彼女は快く歓迎をして、久しぶりの再会に話し込んでいるのかもしれない。
僕は様々な考えを巡らせた。
どの考えを取ってみても、僕のタイミングは最悪だった。
サプライズをして彼女を喜ばせに来たつもりが、結局は彼女に迷惑をかけに来たことになってしまう。
出直そうと思い立ち、僕は静かにきびすを返した。
ダージリンティーの紙袋が音を立てそうになり、ひやりとする。何もかもに配慮が行き届いていなかったと、僕の心は罪悪感に支配されていた。
そのとき、薄く明かりの漏れる寝室のほうから、聞こえてきてしまったのだ。
「あ…っあっ、ん…っ」
僕の大好きな彼女の、甘い喘ぎ声が。
最初は、彼女が誰かにマッサージでも受けているのだと、思った。思いたかった。
仕事で疲れているのだから、それは自分へのご褒美なのだと、僕はそう思いたかったんだ。
「ああ…っあっん、そこ…っ」
けれど、自分でも驚くくらい静かに近づいて行って、寝室のドアを少しだけ開けて中を覗いてみると、彼女は僕の知らない年上の男とセックスをしていた。
裸で抱きあうマッサージなのだと、思いたかったけれど、彼女の中に男のモノが挿って何度も出し入れされている。
ふたりは汗だくで、彼女のあそこは白く濁ってぐしょぐしょで、ベッドは乱れきって尚もギシギシと軋んで数分前やそこらに始められたものではないことを物語っていた。
「奥でまたイけそう?」
「んっあ…っ、イっちゃう…っ」
男は両手で彼女のやわらかな乳房を揉みしだく。
グチュッ…グチュッ――…
泡立った体液が、彼女の脚までたっぷりと濡らしている。
セックスに夢中になるふたりは、寝室のドアが少しだけ開いていることには気づきもしなかった。
僕の頭の中は、真っ白になる。
髪を振り乱し、ゆさゆさと腰を振る彼女はほんとうに僕の彼女なのか。一瞬わからなくなりかけたけれど、大好きな彼女のことを見間違うはずがない。
僕の知らない男とセックスをしている彼女は、間違いなく僕の大好きな彼女だった。
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