※※第354話:Make Love(&Nirvana).214
ホテルに滞在していた夕月は前日の夜から、奇妙な空気を捉えていた。
懐かしいようでいて、底知れず不穏な空気。
それは常にそこらじゅうを漂っていた。
払拭するよう手早く身なりを整えた夕月は、リハーサルに向かおうとした。
薔が参加することになったのは知っていた、嫌な予感はそれとは関係ないと思いたかった。
「鎧さん……」
カメラを手に取ろうとした瞬間、消え入りそうな声が圧倒的な力を持って耳を捕らえた。
ここはセキュリティも万全なホテルの一室で、何者も無断で侵入できないはずだという疑問は、浮かび上がって来なかった。
「……美咲?」
手を止めた夕月は、捜し求めていた妻の姿に目を見張る。
死んだと思ったときと、何も変わりのない姿で彼女は突然目の前に現れた。
怯えているように目を伏せて、美咲は部屋の入り口近くにひっそりと立っていた。
「おまえ、やはり生きてたのか……」
実際に会ってみると、さほど驚かなかったことに夕月は驚いた。
ヴァンパイアを身近に、見ているからかもしれない。
「ごめんなさい……」
美咲は何に対しての謝罪なのかいまいちわからない謝罪を口にして、深々と頭を垂れた。
「私のことはこれ以上、何も、調べないでください……」
そして震える声で、哀願したのだった。
「おまえはそれでいいのか?」
夕月は落ち着きはらった態度で、聞き返した。
美咲の願いは、“誰かに言わされている”ようにしか思えなかったからだ。
本当は、「私は貴方のところへ今すぐにでも帰りたい」と訴えているようにすら思えた。
唇を噛んだ美咲は本音を押し殺して頷くと、切々と言葉にし始めた。
「鎧さんがもし、私の真実に辿り着いてしまったら……あの子たちは引き裂かれるしかないんです……」
美咲は言葉を慎重に選びながら口にした、あの子たち、という抽象的な表現にしたがどう考えても薔とナナのことだった。
夕月が美咲を追い求めれば、薔とナナが引き裂かれてしまう――その意味が上手く頭の中で結びつかなかった、どうやっても。
「私は……貴方を騙したんです!」
美咲は下を向いたまま必死だった。
「初めから、貴方の事を調べるために貴方に近づきました!鎧さんのことを愛していたわけではないんです!」
夕月の心を自分から引き離すためと、その罪悪感によって彼への愛を葬るために、必死だった。
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