第5話:Game(+Spread).3






 ――――――――…

「え…………………?」

 ナナの手が、止まる。



 天変地異であろうとなんであろうと、このときほどの深い情感を、彼女には与えられないだろう。










 そのひとのことを、二日前、わたしは、“悪魔”としてひとさまに語りました。
 驚くほど絶対的で、そうでない姿を、他は見たことがありません。




 なのにいったい、どうしたので、しょうか?


















 そのひとは、“泣く”と表現するにはあまりにも静かで、ひそやかに、美しく、


 泣いておりました―――――――…



 本当に、ひとすじの、真珠にも勝るなみだを、

 ただ、ただ、儚く、


 流しておりました――――――…



 そしてその“汚れなき涙”は、
 すきとおるようなほおを伝い、

 まるで何事も、なかったかのように、


 やさしく、染み入り、消えていったのです――――――――…












 ナナの目からも、自然と涙は零れ落ちていた。
「あれ?どうしたんだろ?」
 ゴシゴシ。
「呼吸って、こんなにも、難しかったっけ?」


 …………思い出させ、ちゃったのかな…………?
 本当に、ごめんなさい――――――…



 ナナは、胸元をおさえて立ち上がる。




 こんなくるしさ、聞いてないよ?わたし。
 だから、なにも、見てないよ――――――……?




「ああ〜、なんだかこの反則的なまぶたを、いっそこのサラッサラの前髪で、隠してあげようかな?なんちゃって〜。」
 ナナの動揺は、計り知れないです。
「うーん、本当にサラッサラだな。このひとのキューティクルの生命力には、脱帽だよ。うんうん。」
 などと言いながら、薔の前髪に触れたとき、


 ぱち


「あ、」
「あ?」


「ぎょえぇ――――――っ!!」




 薔が、お目覚めに、なられたんですよね。




 ナナは驚きのあまり、けっこう後ずさった。
 そして薔は起き上がり、ナナを見ていた。



「おい、」
「は、ぃ……ぃ…………」
「お前は何をしてたんだ?犯す予定だったのか?」
「ぃ……ぇ……………」
「そもそもお前は、犯される側の俺から、どんな理由で1.5メートルほども遠ざかったんだ?」

「……………………。」

「おい、まだお前の口は塞いでやってねーんだ、いつもみてぇに耳障りな声出せよ。」

「……………………。」

「聞こえねーなら、耳噛むぞ?」


「…………………。」

「おい、」
「……………。」
「お前、耳すら真っ赤だが、熱出したのか?」 

 …それはアナタですって!!


 (どうしよう……、)
 声がうまく、出ないんだけど、どうしても、言わなきゃいけないことが、あるんだから。
 ありったけのわたしの“耳障りな声”よ、出でよ。

「あ………あの………………」
「なんだ?」










「か……傘………ありがとうござい…ました……………。」

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