第40話:Love(&Lives).33






 薔が夕月のオフィスを、後にした頃。

 ナナは、キッチンにて、後片付けに励んでいた。
 時刻はそれでももう、お昼時である。

 どうやら薔が落としたのは、調理用具の一種だった。
 それはさいわいにも、割れる事なかったのだが、皿を洗うには細心の注意を払わないとならない。

 「お皿割っては、いけないよ!」
 真剣に言い聞かせているので、今のところまだ一枚も割っておりません。



 ところが、

 ガシャ―――――ン

 洗剤の効果もあってか、一枚手から滑らせて、割ってしまったのだ。


 「あああ!どうしよう!?」
 青ざめたナナは、床にしゃがみ込んで、砕け散った破片を一所懸命に拾い始める。

 そのとき、

 「痛っ!」

 彼女は、ゆびを切った。


 しかし、

 スゥ

 血はひいて、傷口もすぐに塞がった。




 そしてナナは、気づいてしまったのだ。



 (わたしは、どうやっても、死なないんだった――――――…)




 全身から、愛おしい血の気が引いてゆく。



 (でも、あのひとは、いつかは―――――――…)





 どうしよう…………、











 …――――――こわい!







 「やだ……、やだよぉ…、こわいよぉ…………」

 破片のなかにうずくまって、ナナはガタガタとふるえだした。


 「クゥン…、」
 異常さを悟ってリビングからやって来た花子が、かなしそうな鳴き声で寄り添う。


 「花子ちゃん、危ないから、だめだよ。」
 言い聞かせるナナは、泣いていた。





 …――死ぬことは、こんなにも、かなしいんだよ。

 死なないことだって、こんなにも、かなしかったんだよ。




 「ごめん、なさい……、会いたい……………」

 ただただ、ナナは、ふるえながら泣きつづけた。













 ガチャ――――…

 13時頃、薔が帰宅をした。


 「クゥン…、」
 なぜか玄関では、とてもかなしそうに花子がお出迎えをしている。

 「花子?」

 怪訝に思った薔は、花子と一緒にリビングへと向かったのでした。







 リビングのドアを開けると、ソファのうえにナナはうずくまっていた。

 「どーした!?」
 すぐさま薔は走り寄り、覗き込むようにしてソファの前へとしゃがむ。

 「具合でも悪いのか?大丈夫か?」

 そして、ひどく心配そうに、伸ばした手でナナの背中を彼が撫でたとき、


 ギュ――――…


 ナナは無言で、薔にしがみついた。



 カタカタ…

 きつくシャツを掴んでいる彼女の両手は、ふるえている。




 「……ナナ?」

 やがて薔は、ナナの隣に座って、抱きしめながら彼女のあたまをそうっと撫で始めた。




 「…お皿、割っちゃったんです……、ごめんなさい………」
 押し隠すように、ぽつりと、腕のなかで告げたナナですがね、

 「そうじゃねーだろ?」

 薔はやさしく、言いました。


 「ほんとは、なにがあったんだ?」







 ゆっくりと、ナナはからだを起こす。

 頬には、涙が伝っている

 薔はその涙を、両手で丁寧に拭ってゆく。


 「わたしは…、ずっと、薔と一緒に、いたいんです…、」
 「ん、」

 ナナは切なげに深く瞳を閉じ、堪えきれない涙を次々と流す。



 「でも…、薔は、いつかは…………」

 こう言ってしまった後、

 「ごめん…、なさい…………」

 ナナは更に、俯いた。



 しかし、

 「なぁ、ナナ、」


 薔は言ったのでした。


 「それを今考えて、どうすんだ?」

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