第40話:Love(&Lives).33





 その頃。

 夕月は、本日、パリへと旅立つ予定でいた。


 オフィスで軽く支度をしていた彼は、久しぶりに缶コーヒーが飲みたくなりエレベーターに乗る。




 なんてことなく降りた一階の、受付にて。

 「こちら、差出人が不明ですねぇ。」

 若い受付の女の子が、配達員の手にした薔薇の花束を前に、困り顔をしていたのだ。



 「おい、」

 そこへ夕月が、声を掛ける。

 びくっとした受付嬢は、

 「おはようございます、社長!」
 慌てふためき、深々と頭をさげた。

 配達員は、呆然としている。


 「あぁ、おはよう。社長なん、かしこまらなくていいぜ?」

 夕月は、笑って言った。


 「いえ、しかし、」
 あたまを上げた受付嬢に、


 「差出人なら、ちゃんとここにあるさ。」
 諭すよう述べた夕月は、薔薇の花びらに触れた。


 「はい……?」
 キョトンとする、受付嬢。

 を、

 「県(あがた)、お前はまだ、入社して5ヶ月の新人だ。わからねーのも、無理はねぇな。」
 見下ろすようにして、やさしく夕月は続ける。


 「申し訳ございません。」
 またしてもあたまをさげた受付嬢こと・県だが、自分のキャリアを夕月が知っていたことに、キュンとしていた。


 「悪かったな、俺が受け取ろう。」
 配達員から夕月は、薔薇の花束を丁寧に受け取る。


 呆気にとられるばかりの配達員は、

 「では、お受け取りのサインを、お願いいたします。」

 深々とあたまをさげて、ボールペンを差し出した。



 素早くペンを走らせた夕月に、

 「あの、夕月さん、」

 ボールペンを返された際、配達員の男性は勇気を振り絞った。


 「僕、カメラが趣味なんです。素人の僕が言うのも、おこがましいですが、あなたの撮る写真が、僕は一番好きです。」

 と。



 すると、夕月は言った。


 「おこがましい、を、辞書で引いてみろ。」





 「はい?」
 配達員くんは、キョトンとする。


 そして、

 「なんもおこがましくねーぜ?ありがとな、」

 笑いながら夕月は、続けたのでした。




 「ああああありがとうございます!」
 パッと明るくなった配達員くんに、

 「君、名前は?」

 夕月が尋ねたので、

 「はい、群穂(むらほ)と申します!」
 明るいまんま、配達員くんこと・群穂が言いました。


 「そうか、運転には気をつけろよ?群穂、」
 「ああありがとうございます!」

 群穂は、なんだか頬を赤らめて、

 「これからも、応援してます!失礼いたしました!」

 深々とあたまを下げると、ぎこちない早歩きでロビーを歩いていった。




 「初々しいってのは、いいモンだなぁ。」
 夕月は、笑っている。



 県は、その姿を、キラキラした瞳で見上げていた。

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