※第37話:Game(from Back).31





 リビング、にて。

 「おまえ、さきにシャワー浴びてこい。」
 ナナにこう命じた薔のシャツを、花子はやたらクンクンしております。

 「ええ!?なぜにですかぁ!?」
 びっくりしたナナは、つまりは、“香水がすんごいシャツ着てきたんで、あなたがさきに行ってください”、そう言いたかったのだ。

 しかし、返ってきたセリフは、


 「なんだ、一緒に浴びてーのか?」


 だった。

 けっこう、いつも通りだった。



 ………ぎゃあ!

 「でで、では、わたしがさきに行ってまいります!」
 真っ赤で慌てふためいたナナは、バスルームへと向かったのだった。






 よくよく考えたら、先ほどかなり汗をかいていた。

 シャワーにうたれながら、ナナには眠気より、ドキドキが襲い来た。

 そんでもって脱衣場には、ナナ専用のバスタオルやらなんやら置き場が設置されていた。








 シャワーを終えて。

 ちゃんと下着をつけて、Tシャツを着たナナがリビングへ戻ると、


 差し込む月明かりのなか、ソファにもたれ、薔は花子のあたまを撫でていた。



 …――月明かりが、こんなにもうつくしく照らし出すシルエットを、わたしはほかに知らない。




 「あぁ、ナナ、」

 ふと、薔が彼女の名前を呼んで、幻想的に薄暗い部屋は深く浮かび上がる。


 すっと、立ち上がった薔は、

 「おまえはもう、寝てろ。」

 部屋の入り口で見とれていたナナのあたまもやさしく撫でてから、バスルームへと向かっていった。




 ほどなくして、花子がナナへと駆け寄る。

 「花子ちゃん、」
 そのフサフサしたあたまを撫でていたナナは、


 「わぁ!」


 キラキラした窓の外へ、輝く瞳を向けた。



 「すごぉい!」

 カーテンが引かれていない窓から見える夜景は、ネオンが色とりどりに散りばめられた、まるで四角い、カレイドスコープ。


 「花子ちゃん、見える?」
 ナナの隣に寄り添う花子の前には、ベランダがきてしまうのできっと見えないであろう。
 それでも花子は、ゆったりと尻尾を振っている。


 「あのね、花子ちゃん、夜の街は、こうして見ると、とってもキレイなんだよ。」
 窓から、外を覗き込むようにして、ナナは花子へと語りかけていた。



 「あっ!いまね、あそこの信号が、青になったよ。」
 やがて、実況を始めた。

 「ほら、止まってた車が、動き出したよ、なんか不思議、」
 連なっていた車が次々と動き出して、螺旋を描くように明かりを灯す。


 「あ、あの看板、消えちゃった、」
 窓からゆびを指して、ナナは実況をつづけます。

 花子は、ただ、穏やかに尻尾を振りつづけます。


 「車のライトって、すっごい面白いねぇ、花子ちゃん、」

 興味津々で、時間が経つのを忘れ、ひたすら窓の外を眺めながら、花子に実況をしつづけていた、ナナ。


 「きれぇい、」

 あまりにも夢中になっている彼女は、目をキラキラさせながら、両手を窓に当てて夜景に見入った。


 そんな彼女の隣から、ふっと、花子は離れた。




 そのことに気づくまえに、



 ギュ――――…



 ナナの右手に、薔の右手が重なっていた。










 「まだ、寝てなかったのか?」

 あつく手を重ねて、ナナの右の耳もと、薔は囁く。


 「は、はい…、」
 夜景に夢中になっていたナナのこころは、瞬時に奪い返された。


 「…はぁ………」

 くちびると吐息が耳に触れて、舞い戻った心地よい香りがナナを包み込む。


 ツ―――…

 細くながいゆびが、窓に押し当て合うよう、しなやかに、重ねた手を撫でて。




 「あ、あの…、」
 ドキドキしまくるナナは、ふるえる口から言葉を振り絞ろうとしたのだが、

 「続けろよ、」

 左手でそっと彼女の髪を撫でる薔は、右手を重ねたまんま、耳もとで囁いた。


 「ほら、はやく…、」

 呪文のような囁きに必死で応えるため、ナナは夜景に再びこころを向けようとした。



 「え、えと、」

 薔のゆびは腕へと滑り落ちていったので、ふるえるゆびさきをかすかに曲げて窓の外を指す、ナナ。


 「あの、いま、そこの信号が、赤に、なりました、」
 「ん、」

 すこしの声が、ひどく近くで耳に這い入ってくる。
 ナナは必死で外を指さすのだが、薔はまったくそちらを見ていなかった。

 ナナしか見ていなかった。



 「あ、たぶん、青に、なりました、」
 「ん…、」






 …――だめだ、

 あたまんなか、このひとに支配されてて、

 なにを言ってるのか、

 なにを見てるのか、


 自分でも、よくわからないよ―――――…

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