※※第36話:Make Love(Climax).4






 コンコン

 「はい?」

 その頃、沖里の事務所へもうひとりの訪問者が到着していた。



 ガチャ――――…


 ドアを開けて、堂々と入ってきたのは、



 「………!?…ゆ、夕月さん………!」


 偉大なるカメラマン、夕月 鎧であった。






 「よぉ、久しぶりだな、沖里。」

 ハスキーヴォイスが軽く挨拶をすると、

 「ご無沙汰、いたしております…、」

 立ち上がった沖里は、深々とかしこまって頭を下げた。


 すると、

 「おい、沖里、」

 声色をものすごく厳しくした夕月は、言い放ったのだった。


 「オマエのくだらねぇギャンブルじみたお遊びから、すぐに薔を解放しろ。」







 「なにを、おっしゃい、ますか?」
 沖里は、冷や汗をかいている。

 「あの子はな、ちゃんと筋を持った人間だ。この世界にまた入るなんて、オマエがくだらねぇことをしてるとしか、考えられねーんだよ。」

 厳しいまま言いつづける夕月は、

 「どーせ知らねぇだろうから、教えてやるよ。」

 激しく沖里を見下ろして、明かしました。



 「あの子は10年前に、家族を全員、交通事故で亡くしたんだ。」






 「え…………?」
 凍りつく、沖里。

 「そんなこと、一言も言ってなかっ」
 「言うと思うか?この状況で。言ったらオマエは、どーしてたんだ?」

 厳しく問う夕月のまえ、沖里はソファに力なく座り込む。


 「家族が亡くなったことは、遺志もあってどこも取り上げられなかったからな。そのときあの子は、亡くなったご家族のためにも、この世界とは縁を切ると心につよく決めたんだ。」

 「どうして、ですか?」

 俯いていた沖里は、顔をあげていて、


 「この世界で深く傷ついたことを、背負わずに、生きるためだ。もともとご家族も、それを望んでいた。」

 夕月は、はっきりと、答えたのだった。




 「そんな…、だったらあの事件も、わざわざ引っ張り出してこなかったのに……」
 思わず言った沖里は、


 「おい、」


 ギクリとした。



 「そんなことしたのか?キサマは。」





 勢いよく歩いてきた夕月は、沖里の肩を掴んで激しく詰問する。


 「あの事件を、どう使ったんだ?言え。」


 ガクガクと怯える沖里は、
 「あの子の、彼女に、あの事件をバラすと…、」
 青ざめて、震える声で明かした。


 「だから、この世界に入ったのか?」
 「はい…、」

 答えた沖里は、

 ガシャン―――…!

 そのまま床に叩きつけられた。

 はずみで、近くにあったスタンド灰皿が、倒れて転がってゆく。
 煙草の灰や吸い殻が、散乱する。



 「クズにも値しねーな、キサマは。」

 床に倒れ込んだ沖里を、夕月は見下ろして、

 「まだ見込みあると思ったから、弟子は外しても席取っといたんだが。」

 言葉を、落とした。



 「………………、」
 沖里は、黙っている。


 「オマエは押し付けしかできねーから、淀みなき世界はこんなにもかなしくなって、くだらねぇ馬鹿共が嘲笑うんだよ。」

 そして厳しくつづける、夕月。



 「確かに、あの子はこの世界にはあまりにも惜しい存在だ。だが、それが何の理由になる?それを押し付けた時点で、この世界は終わりなんだ。」

 堂々と言い放つ夕月は、

 「まだ止めねーなら、今度は席すら外す。いいな?」

 とどめをさしてから、ドアまで歩いて、付け足した。


 「安心しろ。この後あの子に入っている仕事なら、俺がすべてなんとかする。」






 バタン―――――…


 夕月が出ていったあと、


 「僕は、なんてことを…」
 沖里は、その場にうずくまった。








 沖里の事務所を出た夕月は、狭い駐車場に停めてあった、リムジンに乗り込む。


 「お話は、済まれましたか?」
 「あぁ。」

 待っていた運転手は、けっこうガタイがよかった。



 「出してくれ。」
 「はい。」

 上品に車が発進すると、

 「そうか、」

 席にもたれる夕月は、思ったより安らかに瞳を閉じて呟いた。



 「あの子も、ちゃんと、護りたい女と出逢えたか。」

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