第32話:Game(+Game).28




 「で、でも………、」
 怒りが鎮まったナナはただオロオロと、薔だけを見ていたが、

 「こんな風ん中、一人で帰らせて、悪りぃな。」


 そう言って微笑んだ彼は、背を向けて立派に歩き出した。



 ナナはいてもたってもいられなくなり、急に走り出すと、


 ギュッ―――――…


 後ろから、薔に抱きついていた。




 「ナナ?」

 ただただ、抱きついていたが、

 パッ

 離れると、


 「あの、帰りは、くれぐれも、お気を、つけて……、」



 頬を赤くして俯いて、途切れ途切れに告げると走り去ったのだった。





 「……………、」

 薔は彼女の後ろ姿を、しばらく黙って見送っていた。

 つよく、どこか、儚げに。







 「今どき珍しい、純粋な女の子だね。」

 ナナについてをまったく知らない男性は、感心したように述べる。


 「なんで、俺がわかったんだ?」
 振り向いた薔は、鋭い視線を男性に向けており、


 「こないだ、君とあの子で、中央公園にいたところを、目撃してね、」


 男性は、語り出した。




 「あのとき、君がさげていた袋に見覚えあったから、お店に尋ねたんだ。ダメもとだったけど、SPY(※いま明かされたお洋服店の名前)でね、君の彼女、アンケートにきちんと答えてたんだよ。そこから、探しだしたってわけ。」


 終始、男性は笑っていた



 「で、キサマはなにが言いてーんだ?」


 そして堂々と、薔は言い放つ。







 「また君に、モデルをやってほしいんだよ。」




 すると男性は、真剣な表情になって、告げたのだった。






 「あ?」
 「じつは僕の事務所、いま売り出せるモデルがいなくて困っているんだ、ちからを貸してほしい。」

 真剣なままで言う男性に、


 「んな犯罪紛いに、だれが貸すか。」


 こうはっきりと言い放ち、薔は背を向けた。


 「やはり、無駄な時間だったな。」

 そして、歩き出す。




 しかし男性は、言ったのだった。




 「11年前の、“あの事件”、君の彼女は知ってるのかい?」






 再びだが、動きを止めた薔の瞳は、深く開かれた。



 「知っては、いないよね、きっと。僕が話してあげても、いいんだよ?」

 男性は、また、笑っていて、

 「被害者は君だけど、彼女だってものすごくショックな」
 「黙れ。」

 その話を遮った薔の声は、おそろしいほどに低く、かなしく。


 「君には申し訳ないが、それほど僕は切羽詰まってるんだよ。わかってくれるかい?」

 相変わらず男性は、笑って言った。





 ス――――…

 一瞬。

 ほんの、刹那か。

 振り向いた薔は、男性に、激しい感情をあらわにさせた、切れるほどの鋭利な視線を向けた。


 (え…………?)

 ゾクリとした男性は、すこし、後ずさる。



 だが、


 「あぁ、わかったよ。やってやるよ、ゲームのように。」


 幻ではなかったのかと思うほどの出来事で、すぐに薔の瞳は、無感情になった。





 「…あ、ああ、ありがとう、」

 男性の額には汗が滲んで、ひとすじ、伝い落ちる。



 ぎこちなくではあるが、彼は薔へと歩み寄り、

 「僕の名前は、沖里 綾児(おきさと りょうじ)。これ、名刺だから。…明日は、迎えをよこすよ。」

 名刺を手渡して、

 「よろしく。」

 無言でいる薔の肩を叩いて、去っていった。







 しばらく、薔は無言で立っていたのだが、



 「………っ!」



 突然、胸元を押さえて、近くの塀に寄りかかった。



 くしゃ

 渡された名刺は、握りしめられてぐしゃぐしゃで。


 「はぁっ…はぁっ………」

 ひどくくるしげに、薔は擦り切れた息を吐いていた。



 「…そう、だったな、」

 やがてすこしだけからだを起こして、






 「どーせ汚れてんなら、汚れきってやるか。」






 こう呟いた薔は、静かに笑ったのだった。








 ――――――…

 「いったい、あの子にはなにがあったんだ?」

 歩きながら、沖里は伝い落ちる汗を拭う。


 「僕の知ってるあの、天使のように無邪気な笑顔は、どこへ行ってしまったんだ?」




 沖里は、知る由もない。


 決して、どこにも、行ってはいないことを。

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