第1話:Taboo.1





「ねぇ、三咲さんて、どこから転校してきたの?」
 休み時間。
 ナナの周りには、立派なギャラリーができていた。
「え、えっと、どこだったかなぁ?」
 ナナは苦笑い。

 (前の住処、なんて言ったっけ?)

 忘れたんですか………?

「な、名古屋、だったか、な?」
 ナナは、初めて見た日本の地が名古屋だったため、“名古屋”だけは立派に言うことができる(※それじゃダメだろ)。

「うそ〜!名古屋!?」
 ギャラリーがざわめいた。

「名古屋って言ったら、美味しいものたくさんあるよね?」
 その質問に、
「うん!八つ橋とかね!」
 ナナがテンポよく答えると、

「…………………?」

 一瞬、皆が静まった。
 (あ、あれ?)

 違ったっけ!?

 焦るナナだが、

「プッ…………!」

 場は、前以上に和んだ。

「三咲さんて、おもしろ〜い!」
 いっせいに皆が、笑い出す。
「あはは!」
 楽しそうな周りを眺め、
 ホッ……………
 ナナは安堵した。
 (そうよね、わたしにはこのチカラがあるんだもの、どうってことないわよ。)
 一緒になって笑っていた、そのとき。


「おい、」


 となりで、低い声がした。
 ざわめきのなかにも、声は貫かれた。



「!?」
 ビクッとなり、再び静まった彼らに、


「やたらうるせーぞ?」


 有無を言わせぬ目つきで、

 (暮中 薔!)

 が言った。


「ムダなバカ騒ぎなら、いっそ外でやれ。」



 ク、クラスメートに、命令口調ですか?


「外は、暑いですよ……?」


 そう、消え入りそうな声で言ったクラスメートの男の子に対して薔は、

「俺の読書を妨げるなら、いっそ焼くがいーのか?」

 と言い放った。

 ひぇぇぇぇぇえ………!

 口をパクパクしている男の子には見向きもせず、薔はナナを見ていた。

「な、なに?」

 ナナが少し、たじろいだ瞬間、



「知識が無えにもほどがあるな、お前は。」




 吐き捨てるように言い残し、彼は教室を出ていった。




「なんなんだ?あいつは?」

 ナナがそうこぼすと、

「あのお方は、“ナゾ”だ!」


 ……………あのお方?

 クラスメートが口々に、語りだした。


「とりあえずここら一帯は、あのお方の手に落ちてるらしいよ。」
「暴走族も下僕らしいよ。」
「実は宇宙人らしいよ。」
「超能力がつかえるらしいよ。」
「カリスマモデルを、やってるらしいよ。」
「おふくろが闇の帝王で、おやじが銀座ナンバーワンらしいよ。」
「色気のみでもひとをイかせるらしいよ。」



 ……ぇぇぇぇぇえ!?
 なにソレ!?
 生き物なの!?


「ただふたつだけ、確かなことがある。」


 ゴクリ。




「あのお方はイケメンで、ドSだ。」

 ※ちなみにのちに(すでに?)、もひとつくらいつけてください。エロスを。




 ………“いけめん”と“どえす”って、なに?




 ナナは実は日本があまり長くないので、日本語(特に若者言葉)に乏しかった。

 (あ、そう言えば。)

 アイツ、どんな本を読んでいたんだ?
 そこが気になり、幸いにも本は携えていかなかったため、ナナは目を凝らして薔のおそらく愛読書を見た。

 タイトル、

『権力の正しい使い方マニュアル・改訂版』

 …………………………。


 なにに使う気なんじゃボケェ―――――――ッ!!
 それよりこの本、どこが出版してるの!?大丈夫!?


 ナナは心で激しく、机をひっくり返していた。
 (い、息切れする………)





 ヴァンパイアであるナナ、三百年以上の歴史のなかで、薔はとんでもない異彩を放っていた。
 戸惑い・妬み・恐怖・憎しみ―――――…
 そういった負の感情が、閉じ込められていた箱の蓋を蹴破る瞬間。
 ナナはその音を確かに、聞いた気がしていた。






 しかしパンドラの箱は、さいごに“希望”を残したそうですよ。
 申し上げたいことは、おわかりになられますよね?

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