第7話:Game(+Disease).5




 涙こぼれたが、彼女はせつないほどにおだやかな表情だった。


「のちに結びつくお話があるから、それも、お話し、するわね。」

「結びつく、お話………………?」
 ナナはすでに、くるしくてこの場にうずくまりたかった。




「その、ルナなんだけど、ちょうど一年前、あのかたが助けてくれた日と同じ日、つまり9年後の同日にね、やすらかに人生を、まっとうしたわ。」
「え…………………?」

「だからね、偶然かもしれないけど、これは運命だって思えたわ。ほんとうは10年前のあの日、あの子は死ぬはずだったのよ。それをきっとあのかたは、ほとんどのものを犠牲にしてまで、助けてくれたのよね。明日は命日だから、さっき、せめてもと思って、祈りを捧げていたんだけど、きっと無意味なものよね。」
 コーヒーカップを持つ手が、かすかに震えている。


「でね、ルナは、メスだったから、人生でいちどだけ、赤ちゃんをうんだわ。かわいい子犬を、三匹。」




「そのうちの一匹が、花子ちゃんよ。」








「名乗れるわけないから、匿名で、お贈り、させていただいたわ。ご家族を亡くしてしまったあのかたを、まもってほしかったし、何より、何よりね、あなたが助けてくれた、あのときの子犬は、こんなにもかわいくて立派な赤ちゃんをうみましたよ、って、いちばんにお知らせしたかったのよ。」
 ナナのこころは、張り裂けそうではあるが、押し寄せる激情によって冷静をたもてていた。


「さいわいにも、あのかた、花子ちゃんをとても大切に、してくださってるわよね。」






「おおきな罪は、犯罪にひとしいわ。むしろ裁かれないだけ、こころがくるしくて、汚れてるのよ。」

 ナナは拳をかためた。

「だから、わたしはどれだけのことをしても、この罪はつぐなえな」
「ご安心ください!」



「え………………?」



 ナナはとっさに、静かに叫んでいた。




「あなたがご自身を、責める必要はまったくございません。逆になにも悪くありません。」
「そんな…………」
「なぜならあのひとは、あなたのことをこれっぽっちも責めておりませんし、まったくもって悪く思っておりません。およそエッチなコトしか考えておりません。」
「はぁ………………」

「それに、よく考えてみてください。“ほんとうは死ぬはずだった”なんておかしな話、あると思いますか?かんちがいしないでください。」
「……………………。」
 女性はただ黙って、ナナを見つめていたが、ナナはうつむいたまま力強く話していた。

「“ほんとうに助かるはずだった”に、決まってるじゃないですか!それについては、犠牲なんてはらえませんよ。こんな深いお話に、逆に犠牲なんてはらわないでください!祈りの下に、無駄に無意味をつけ足さないでください!」












 “負”は、連鎖してゆきます。
 嫌と言っても、おぞましいくらいに。

 しかしそれと同時進行で、
 例え、目には、見えなかろうと、
 ものすごく、ほんの、わずかであろうと、

 泣けちゃうくらいにあたたかくて、
 おだやかなまでにやさしくて、
 こころ打つほど美しいものだって、

 きっと繋がってゆくんだ。



 それに、ただひとつ、名前をつけるとするのなら。

 おそらくそれを、すべてのいのちは、“愛”の連鎖と呼ぶであろう。

 優しかろうと、激しかろうと、愛だって繋がっているんだ。


 負の連鎖が、とてつもないちからを持ってしても、

 そこに必死でしがみついている、愛の連鎖のほうが、

 ずっと、たくましくて、つよきものだとは思いませんか?


 思えても思えなくとも、それは幸せなことです。

 なにしろ相手は、愛の連鎖ですから。


 思えるのなら、言うことはなし。


 思えないなら思えるまでに、生きれる糧にしてください。

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