教師と生徒の恋模様 | ナノ




24 : 見えない角度で手を握り締め


「卒業生代表、さくらももこ」
『…はい』
はっきりとした声で返事をしパイプ椅子から立ち上がった。ゆっくりと壇上へのぼって手に持っていた紙を開く。
『梅の香りに春の息吹を感じる今日のよき日に、私共卒業生の為に、このような心のこもった卒業式を挙行して下さいまして、誠にありがとうございます。また、校長先生の御訓辞、わざわざおいで下さいました御来賓の皆様の御祝辞、在校生の皆さんからの励ましの一言一言が私共の胸に染み渡り、たいへん勇気づけられる思いが致しました』
練習したときのように落ち着いて、頭ではわかっていても本番ではどうしてもそれが出来なかった。心臓がばくばくして変な汗が全身から流れ出る。やっぱり卒業生代表なんて重役、私には向いてなかったんだ。いくら銀八先生がやってみろって云ったって、クラスメイトから勧められたって、あのとき断っておくべきだったんだ。
ふと、前を向いて銀八先生が何処にいるか確認する。教員席の一番前、先生は真剣な目で私を見ていた。その目を見て、少しだけ落ち着いた。先生が見ていてくれているんだって思ったら脳が冷静になった。
『―――…最後になりましたが、母校の今後益々の御発展と、御来賓の方々を始め、校長先生、諸先生方、そして在校生の皆さんの御健康と御多幸をお祈り致しまして、答辞とさせて頂きます。卒業生代表、さくらももこ』
ゆっくりとした動作で持っていた紙を畳んで頭を下げる。壇上を降りたときに見えた銀八先生の優しい微笑みに、ほんの少し泣きそうになった。もう少しで卒業式が終わる。


「ももこ!銀ちゃん!こっちヨ!早く早く!」
『早いよ、神楽ちゃん』
「あんま引っ張んなよ。お前は卒業しても落ち着かねェな」
3Z全員で最後に写真を撮ろう、と云い出したのは誰だったか。みんなすでに教室の黒板の前に並んでいて、黒板には沢山の卒業おめでとうの文字。
「さくら、こっち」
銀八先生に手を引かれて一番後ろの先生の横に並ぶ。近藤くんがカメラのタイマーをセットした。ピッピッピ、と単調な音がする。ざわざわと相変わらずの落ち着きのなさは最初から最後まで変わらないな。土方くんと沖田くんが喧嘩して。お妙ちゃんに近藤くんがアプローチして。神楽ちゃんと桂くんが騒いで。今日は珍しく高杉くんもちゃんと参加している。入学した頃から今までの学校生活の情景が走馬灯のようにゆっくりと私の頭の中を駆け巡る。授業風景、文化祭、体育祭、修学旅行、
『(―――…嗚呼、それも今日で終わりなんだ)』
なんだか泣きそうになってきちゃうな。みんな笑顔なのに、可笑しいよね。
「ももこ、」
耳元で名前を呼ばれて銀八先生の方を見る。左手を先生にとられて、そのまま先生の右手と繋がる。その手は背中へと隠された。
『せ、せんせ…っ!』
驚いて先生の顔を見るとその目は何も云うな、と云っていた。だから私は黙る。誰にも気付かれない位置で私と先生は手を繋いでいた。
「卒業おめでと」
『え、』
カシャッという音がしてシャッターがきられる。私はどんな顔をして写っていただろうか。多分ちゃんとした顔で撮れていなかったと思う。

見えない角度で手を握り締め
(3Z解散!、銀八先生の言葉に人知れず涙した)

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