19 : すれ違いざまに かんぱーい、と云う声で持っていたグラスを上に掲げた。勿論、その中に入ってるのはオレンジジュースなわけだけれど。来たのは学校の近くにある焼肉屋。食べ放題、しかも格安、ということで食べ盛りの男子が多い野球部には絶好の場所だった。生肉を網に乗せて、それが焼けるのを見詰める。 「今日の試合お疲れ」 「いやー、最後の田中のヒットが救ってくれたよな!ホント感謝してる!」 私は部外者だし、あんまり深く入ってはいけない。だから焼けて来た肉をひっくり返してみたり、サラダを箸でつついてみたりして話を聞き流す。 「さくらもさ、応援してくれてサンキューな」 『いやいや、私は大したことしてないし。頑張ったのはみんななんだから』 そんな私に気付いたのか横に座っていた田中くんが声を掛けてくれる。それによって私にも声を掛けてくれる野球部のみんな。 「でも、わざわざ応援しに来てくれたんだろ?日曜日なのに」 『うーん、残念なことに私は銀八先生に呼ばれて学校に来てただけなんだよね。偶々野球部の姿が目に入っただけ、かな』 私が何故日曜日なのに学校にいるのか。それは銀八先生と進路について話したり、国語を教わったりしていたからだ。丁度廊下を歩いていたとき、目に入ったのはグラウンドで知らないユニフォームのチームと試合をしていた野球部だった。野球部が試合をしているなんて知らなかったから、本当に偶々。そしてマネージャーの子とそれなりに仲の良かった私は野球部の応援をした、というわけだ。 「成る程な。さくらは国語だけは何故か酷いもんな」 『…自分以外の人に云われるとなんか複雑』 悪い悪い、彼は苦笑いしながら謝った。一口、オレンジジュースを口の中に含む。 「なあなあ、彼処にいんの銀八じゃね!?」 横から乱入して来た彼は興奮気味に、だけど見付からないように声のトーンを落としてそう云った。銀八先生が、なんでこんなところにいるのか。 「うわ、ホントだ。いつものだらしない格好じゃないからわかんなかった」 「…隣にいんのってさ、A組の国語教えてる竹内だよな?あの二人ってデキてんの?」 竹内先生は1年生の担任で、3年A組の国語を教える女の先生だ。まだ20代で独身、しかも綺麗な容姿から教師からも生徒からも人気がある。そんな竹内先生と銀八先生は一緒にいるんだから付き合ってる、と思われても仕方ないだろう。生憎、あちらからこちらは見えていないみたいだ。 「…さくら?」 『あ、え、ごめん、何?』 「いや、急に黙り込んじまったからさ。どうかした?」 『え…と、ちょっと用事思い出しちゃって。ごめん、今日は帰るね』 鞄を持って席を立とうとする私を慌てて止める田中くん。 「いきなりどうしたんだよ、さくら!」 その田中くんの大きな声に此方を振り向く銀八先生が遠目に見えた気がした。適当に野球部のみんなに謝って足早に店を出ようとする。銀八先生の横を通りすぎて。 「…さくら?」 先生の声に聞こえないふりをして。嫌だな。なんでこんなに苛々するんだろう。こんなどろどろした感情嫌だな。どうしてこんなに苦しくなるんだろう。 すれ違いざまに (店を出て振り返る。追い掛けて来てくれない先生に、また少し胸が苦しくなった) [しおり/戻る] ×
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