ずぶ濡れアイドル


土砂降りの中、弟の友人を見つけた。
傘を持っていないのか、ずっとその場を離れない。じっと見つめていたから視線を感じたのか、こちらを向くと面倒だと思われたのか舌打ちされた。

「こんにちは。雨宿り?傘は?」
「持ってねぇ」
「折りたたみ傘あるから貸そうか?」
「走って事務所行くからいい。つーか、俺に構うな」

相変わらず素っ気ない。なかなか懐いてくれない猫ちゃんみたいだ。
というか、この雨の中を走っていくだと?

「風邪ひくよ?ほら、傘」

差し出したものの、受け取ってくれる気配はない。

「いらねぇ」
「風邪ひくって」
「そんときはそんときだろ」
「は?」

フンっと顔を背ける牙崎くんにイライラが抑えきれなくなった。

「体調管理もアイドルの仕事の一つだよ?牙崎くんが体調崩すとメンバーや事務所に迷惑かけるだけじゃなくてファンを悲しませることになるんだよ?今牙崎くんの体は一人のものだけじゃないんだよ?分かってる?
来週ファンイベントあるよね?今体調崩したらイベントにまで影響でるだろうし欠席とかになったらどうするの?牙崎くんのファンは牙崎くんに会う為に服やコスメやグッズやその他諸々買ったり美容院行ったりネイルしたり自分磨きにお金かけて、その日があるから仕事や学校頑張るって人もいるんだよ?
私なんて楽しみにしてイベントが延期になって推しに会えない寂しさと悲しさで号泣して熱だして寝込んだからからね?高熱で意識朦朧とする中で推しの曲歌ってたらしくて四季にドン引きされたからね?
とにかく、今ここで牙崎くんをそのままにしたら私も後悔するし、お願いだから受け取って。
みのりさんにも連絡入れておくから、事務所戻ったら私より強烈なドルオタであるみのりさんからアイドルについて学んでね。数時間は拘束されると思ってね。ある意味地獄だから覚悟しておいてね?じゃあ私帰るから!」

感情のままにまくし立て、もう知らない!牙崎くんのばか!とその場を去る。


*


家について一段落した後、先程のことを思い出して猛烈に後悔した。いや、バカはないだろ。なんとも幼稚な罵りだ。もう知らないとかバカとか小学生かよ。しかも要らぬ事まで話してしまった。あっけにとられた牙崎くんを思い出し、ああぁぁぁと両手で顔を覆い、床を転がる。飼い主の奇行を見てどうしたのかと猫や犬が近寄ってくる。
一方的に色々言ってしまったし、私が言われた側だったら嫌な気分になるし、きっと牙崎くんも今頃機嫌悪いだろう。次にあった時にボコボコにされたらどうしよう。いや、アイドルだから殴ったり蹴ったりはしないか。でもこれで四季との関係が悪くなったら四季にも申し訳ない。四季に嫌われたらどうしよう。普通に泣く。



「おい」
「あ漣っち!どうしたんすか?」
「……これ、お前の姉貴に渡しておけ」
「姉ちゃんの傘じゃないっすか。借りたの?何で漣っちが持ってるの?」
「うるせー、もう何も聞くな。……もう思い出したくねぇ」



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