月影 眞 *ボリス+モブ(コプ)でとあるドラッグストアの日常*下ネタ注意





一年を通しておかしな奴というのはいるものだけれど、特に季節の変わり目なんかはやたら目につく。

そしてこれは、そんな秋から冬へと移り変わるほんの僅かな季節の狭間の中で起こった出来事。





閉店間際の店内に突如鳴り響いた電子音。閉店準備をしていたボリスはその手を止め、お客様がいないことをいいことに眉間に深い皺を寄せ、溜め息を零しながら受話器に手を伸ばした。


「お電話ありがとうございます。кролик(クローリク)ドラッグでございます」

「あ、あの、聞きたいことがあるんですが」


受話器越しに聞こえてきたのは少しくぐもった若い男の声。こんな閉店間際に若い男がドラッグストアに電話をしてくるとは珍しい。大抵この時間にくる電話は閉店時間を尋ねるものかクレームかのどちらかだからだ。しかもこの男の焦った声からして余程のことなのだろう。仕方ない。これも仕事のうちである。ボリス漏れそうになる溜め息をなんとか堪え、見えない相手に笑顔を向けた。


「はい、お伺いします」

「あ、あの、ですね…」

「はい」

「えぇと…」

「なんでございましょう?」

「ゴ、ゴムって置いてますか!」

「ゴム、でございますか?はい。取り扱っておりますが?」

「どういうのがありますかね?」

「色々な種類がございますが、どのような物をお探しでしたか?」

「いや…なんていうか…いや…その……」

「仰って頂ければ確認してまいりますが?」

「いや…なんか…すごい恥ずかしいんですけど……」

「……?」

「いや…言います!言いますね!!!正直に言いますけど!!!!」

すると男はさきほどまでの不明瞭さはどこへやら、突然声を張り出した。

「コンドームなんですけど…!」

受話器から漏れ聞こえた声に思わず一緒に閉店作業をしていたバイトもこちらを振り返った。
それはそうだろう。こんな大声でコンドームの有無を聞いてくるのは罰ゲームで店に訪れる高校生くらいなものだ。

しかし、コンドーム……コンドーム…
別名スキン、ラバー。まぁ、呼び名は色々あるけれど、所謂明るい家族計画的なアレである。
ゴムと聞いてボリスが最初に思い浮かべていたのは髪ゴムや輪ゴムだ。予想の斜め上をいかれさすがのボリスも思わず素が出そうになる。だがそこはプロ。長年働いているとおかしな奴等の扱いにはなれてくるものだ。これもきっとそうだと直感したボリスは努めて事務的な返答を返すことにした。


「えぇ、ございますよ」

「そうですか…その…そのコンドームはどんなのですか?」

「どのようなと言われましても… 普通のものから今は色々な種類が揃っておりますので」

「普通ってどんなのですか?」

「…………」

もうなんと言ったらいいのだろう。悪いがコンドームのことは商品としての知識としてはあるがそこまで詳しくない 。そしてこの電話にでたのが女性アルバイトではなくて本当によかった。ボリスでさえ気持ち悪さを感じているくらいだ。きっとトラウマになる。実は先程から鳥肌がたっているのだ。そうとなれば、さっさと通話を終らせてしまおう。


「あの、実際 商品をご覧になられたほうが良いかと思いますので、ご来店頂ければと。ただ、申し訳ございませんが本日の営業は終了しておりますので明日以降に」

ご来店下さい、とボリスが続けようとするとソイツは 慌ててその言葉尻に被せてきた。

「ああああの…!おお大きさなんです…!大きいのはありますか???」

「いや…ですから色々種類がございますので」

「普通!普通のでいいんです!それってどのくらいの大きさですか!?」

もうコイツどうしよう。なんでこんなに必死なんだ。ボリスは若干、電話の男に引きながらなんとか対応を続けるが言葉使いはぞんざいだ。

「あー、標準サイズじゃないですか?」

「標準って具体的にどのくらいの大きさですか?」

なにこのループ ?何がしたいんだこの男は───


「いや…どのくらいって言われても」

「あのですね、正直に言いますよ…?恥ずかしいんですけど正直に言いいますけど 、亀頭の部分が大きいのが欲しいんです……」

いや、なんか「亀頭」とか言い出したんだけど。どうすりゃいいんだよコレ。あれか?ネタか?ネタにすればいいのか?ははー。世の中には色んな人間がいるんだな。うん。知ってたけどな。

私「いや、ですから種類が…」

「標準ってどんなのですか!」

ああーーー!もうコイツうぜえ!!
俺にどうしろって言うんだよ!来店しろっていってんだろうが!自分で確かめにこいよこの薄ら馬鹿が!!と心の中で悪態を吐いていたボリスに男の追撃が襲いかかる。

「亀頭の部分が大きいのが欲しいんですけど、それはどのくらいの大きさですか???」

「いや…普通の大きさだと思いますよ…」

「どのへんが普通の大きさなんですか???」

そんなにこいつは亀頭と言わせたいのだろうか?


「ですから、お客様。色々と種類がございますので一度店頭にお越し下さい」

「いや…でも…亀頭が大きいのが……」

ほんとなんなんだよコイツ。

「ですからお客様が仰るような特殊なものもございますので!」

「え、何の種類があるんですか?」

この一言でついにボリスの堪忍袋の緒が切れた。

「大きさですとか形状ですとか色々種類ありますんで」

「いや…だからその大きさってなんの大きさですか???」

「それは実際ご来店頂いてご確認していただければと思いますので。それではお電話ありがとうございました。失礼致します!」

「いや…でも… 」

まだ何か言い募る相手を無視しボリスは強制的に電話を切った。いつの間にか店内は閉店作業が終わっており、一部始終を聞いていたバイトが憐れみをこめた目でボリスを見ていた。

「ボリス先輩、お疲れっス」

「ホントにな……」



力なく乾いた笑いを零すボリスはまだ知らない。
後日この客が店頭にてまたしてもボリスを疲弊させることを────






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