でゅふく*ALLキャラで学パロ

 



霞む視界に、そろそろ体が限界だと訴えてきていることをコプチェフは感じ取っていた。残りのレポートは残り五分の一程まで書き上げた。そろそろ休憩してもいいんじゃないか、と甘やかしそうになる自分自身を叱咤する。しんどくて吐きそうだ。恐らく今胃の中をぶちまけたら出てくるのは漏れなく栄養ドリンクだろう。1LKの大学生が一人暮らしをするには広すぎるその部屋は、煙草の匂いと栄養ドリンクの匂いが混ざりあって独特の香りを醸し出していた。それすらも嗅覚をやられたコプチェフにはわからなかったが。
 工学部機械工学科のコプチェフはほとんどの時間をレポートか恋人との時間に費やしている。一応理系と呼ばれる工学部は授業の半分は機械演習であり、そしてその演習にはレポートが付き物である。一朝一夕で終わるものではないそれは、コプチェフの楽しいキャンパスライフをいとも容易く打ち砕いた。
 ダダダダ、と打鍵する音が響くなか、聞こえるか聞こえないかギリギリの音量が玄関から聞こえる。コプチェフは咄嗟に立ち上がり、その音がする方向へ急いた。
 玄関からひょこりと顔を出したのは、予想を裏切る顔だった。
「生きてるか?」
「お゙前゙がよ゙お゙お゙お゙お゙!!」
 うっかり抱きつきかけたその体が叩きつけられたように廊下に落ちる。「な、なんだよ」と顔をひきつらせているのは、コプチェフの幼馴染みで同じ大学に通う、文学部史学科のカンシュコフだった。
「あー…大丈夫、ではなさそうだな。とにかく部屋入れよ」
「ボリスは…?」
「あいつは一限あるから大学行ったよ。よろしく頼むだってさ」
「お前によろしくされたくない!」
「我が儘言うな。ほら追加買ってきたからちゃっちゃと終わらせちまえ」
 ううう、と嘆く声にカンシュコフは溜め息をつき、廊下に転がるコプチェフの服を掴んで奇妙な匂いのする部屋へ引き摺った。
「文系にはこの気持ちはわからない…」
「その道選んだのはお前だろ。ぐだぐだ言ってんじゃねぇ」
 つーかこの部屋空気悪ィ!とカンシュコフは叫び、閉めっぱなしだったカーテンを開いた。日光が淀んだ空気が充満する部屋に差し込む。
「ちょ、眩しい!溶ける!」
「溶けねぇよ。換気しろ換気、煙草臭ぇんだよこの部屋」
「ていうか今何時…?」
 レポートを終わらせることに必死だったコプチェフが最後に時間を見たのは、まだ草木も眠る午前二時だった気がするのだが。窓の外では太陽が照り輝き、鳥が囀ずっていた。夜の静寂から活気を取り戻した街からは、車のエンジン音がよく聞き受けられた。
「八時半。あーもう灰皿いっぱいじゃねーか…」
「マジか…ぶっ続けでやってたから時間の感覚ないわ…」
 ごしごしと目を擦るもボヤけた視界は治らない。一旦顔を洗おうとコプチェフは洗面所へ向かう。背後では瓶を片付ける音と、ぶつくさと文句を言う声が聞こえた。
 洗顔を終えさっぱりしたところでレポートが終わるわけではない。コプチェフはカンシュコフが追加で買ってきた栄養ドリンクを片手に、再びパソコンに向き直った。
「そういやプーチンのとこには行ったの?」
「ああ。お前と同じ状況だったよ」
 同じ学科に通うプーチンは、技術には長けているもののこういったレポートの類いを苦手としており、毎度毎度レポート明けの顔色は真っ青である。
「アイツの母親もなんか奇怪なものを見る目をしてた」
「機械工学科だけに?」下らないギャグが咄嗟に出てくる辺りもうおしまいである。「…お前ショケイスキーの前でそれやるなよ」
 ショケイスキーは近所の学校に通う高校一年生であり、カンシュコフの恋人である。カンシュコフが高校生、ショケイスキーが中学生の頃から付き合っており、今でもその仲の良さは健在である。寧ろ盛り上がっていると言っても過言ではない。
 どうやら今日高校では半日授業らしく、午後から大学に見学に来るらしい。
「どうせ俺は講義だし…ショケイスキーによろしく言っといてね」
「わかった。コプチェフは徹夜明けで性欲おかしなことになってるから近付くなって言っとく」
「待てやコラ」
 引き留める間もなく、カンシュコフは「じゃあな」と出ていってしまった。ショケイスキーのことだから本気にはしないだろうが、恐らくショケイスキーに着いてきている二人が見過ごさないだろう。俺はボリス一筋なのに…と思いながら少し空気が綺麗になった部屋でキーボードを叩き続けた。


我が学生生活青春謳歌の日々


「なんだこれ」
 昼休みに入り、いつもボリス、コプチェフ、プーチンが集まるフリースペースへカンシュコフが向かうと、椅子の上でコプチェフに後ろから抱き締められているボリスが「おう」と返事した。
 秋も深まってきたとは言え、野郎二人がくっついている姿を見れば涼しい通り越して寒くなってくる。
「おう、じゃなくてよ。どうしたその荷物」
「昼に会ってからずっとこんな感じだ」
「朝会えなかったから拗ねてんじゃねーの」
「あー…」
 悪かったって、とボリスが言うと、コプチェフはぐりぐりと頭をボリスの背中に押し付けていた。なんだこれ。面倒臭い彼女か。ていうかなんか心なしかコプチェフの息が荒い気がするんだが。
「大丈夫か…?」
「多分どの意味でも大丈夫じゃねぇな」
「つーかよくその状態で普通に喋れんな」
「あー…」
 慣れてるし、と僅かに目線を外しながら言うボリスに「リア充爆発しろ」とカンシュコフは舌打ちをした。
「つっても今日あいつら来るんだろ。いいじゃねぇか」
「いいよなぁ同い年は!いつでもイチャイチャできるしよ!」
「いつでもじゃないから。工学部なめないで」
「工学部で恋人が高校生の僕は一体どうしたら…」
 いつの間にやらやってきたプーチンが沈んだ声で参戦する。ボリスは近くにあったお洒落なカップの飲み物を飲みながら「どんまい」と憮然とした顔で言っていた。
「もう…明日遊園地に連れていくのでいいです…」
「なに?デート?どっちと?」
「どっちも何もありません。三人で、です」
「本当にプーチンてよくわからないよね」
 同じ高校で家が近いということで、よくショケイスキーと付き合って遊んでいる高校三年生の双子のキレネンコとキルネンコは、何を隠そうこのプーチンの恋人である。どうしてそうなったのかはわからないが(聞いたところで理解はできないが)、プーチンは二人とも同じくらい好きだと言うし、双子にしても同様だと言う。白昼堂々と二股をしているプーチンは唯一無二の恋人がいる各人からしたらちょっと理解し難い。
「…まぁ、それぞれがいいならいいんじゃねぇの」
「ですよね」
 同性で恋人同士であるコプチェフとボリスは他人のことをとやかく言えない、と思ったのだろう。咄嗟のボリスのフォローに、カンシュコフは「この中でまともなのは俺だけみたいだな!」と高笑いした。しかしカンシュコフもショケイスキーのことを好きだと自覚したのはショケイスキーが中学に上がりたての頃である。その時、ショケイスキーはほんの数日前までは小学生だったのである。
「うるせぇこのペド野郎!あの子ちゃんと幸せにしてやれよ!」
「黙れホモ!テメェもな!」
「なんだこれ」
 ここは大学のフリースペースである。つまりは公共の場である。あちらこちらから不審な目だったり興味津々な目だったり単なるミーハーの目だったりが覗いていた。しかもコプチェフは背中に抱きついたままである。やめてくれ。
「ていうかお腹すいたんだけど。食べないの?」
「人の背後で何言ってやがる」
「いや、俺とボリスはショケイスキーたちが来てから食う」
「えっなんですかそれズルいです!僕たちは!?」
「お前ら実験だろ。頑張れよ」
「せっかく恋人が学校に来てくれるって言うのに一緒にご飯も食べられないって、そんな話あります!?」
「今日のプーチンはテンション高いなぁ」
 ハハハ、と笑うコプチェフの目は笑っていなかった。ボリスは「これやるから頑張れ」とホイップクリームが大量になったスイーツなんだか飲み物なんだかよくわからないそれを差し出す。薄ピンク色のそれはどうやら期間限定のものらしい。
「ボリスが一回ヤらせてくれたらイ゙ッ」
「馬鹿言ってんじゃねぇ」
 ズンッとコプチェフの脳天を直撃したのは分厚い六法全書だった。法学部お馴染みの鈍器である。
「〜〜〜〜〜〜ッ!!」
「角じゃないだけありがたく思えよ」
「コプチェフさんてなんだかんだで下半身と脳みそ直結型ですよね」
「幼馴染みのそんな赤裸々な話は聞きたくなかったぜ俺」
 さらりと辛辣な言葉を吐くプーチンに、「俺の扱い酷くない…?」とコプチェフは涙目になった。
「それよりお前はいつまで抱き付いてんだよ。飯食えねぇだろそれじゃ」
「ボリスが食べさせて」
「今日のコプチェフは随分とウザいな?」
 カンシュコフ並みだ、と言うボリスに「俺はここまでウザくねぇ!」とカンシュコフが噛みつく。どの口が、と思う三人の心は一つになった。
「せめてボリスのご飯が食べたい…栄養ドリンク以外のものを口にしたい…今日の夜行ってもいい?」
「あぁ」
「ボリスの手料理!?俺も行く!」
「あっ僕も行きたいです!」
 はいはいはい!と騒がしくプーチンとカンシュコフが高らかに手を上げる。
 ボリスの手料理はまるで高級レストランのバイキングのようで、見た目もさることながら味も満点だ。凝り性なために調理に時間がかかるのが玉に瑕だが。
 この二人が来るということは、高校生組も恐らく食べに来るだろう。そんな作れるだろうか、とボリスが思案していると、コプチェフはボリスの胴に回していた腕に力を込めた。
「お前らは来なくていいよ。俺とボリスの二人だけの時間邪魔すんな」
「材料費こっちで持つから!」
「ならいいぞ」
「ちょっとボリス!?」
 まさかの掌返しにコプチェフは耳元で叫ぶ。再び六法全書がお見舞いされ、コプチェフの頭のコブは二つに増えた。
「なんでよ!数少ない工学部の休みを恋人と過ごせないとか!」
「お前はさっきから大分うるさいな?」
「ボリス俺と二人きりは嫌なのかよ〜…」
「嫌なわけないだろ」
「ボリス…!」
「カンシュコフさん、いいデートスポットか遊園地知りません?」
「三駅先に新しいカフェができたってよ。ピロシキがうまいらしい」
「女子か!!」
 自由だなぁ、とボリスは先程買ってきたトッポをもそもそと食べる。高校のときとなんら変わりない。あのときはまだ一年生だったキレネンコとキルネンコがいたからもっと騒がしかったが。
 そのやりとりをトッポを食べながら見ていたボリスは、上着のポケットから振動を感じ、中に入っていたスマホを取り出す。どうやらLINEが来ていたらしく、ポップアップには『今着きました。正門の所にいます。』という文章が表示されていた。
「ショケイスキーたち来たってよ」
「マジか!」
「意外と早くついたね。ご飯一緒に食べられるじゃん…あ」
 気付けば、カンシュコフとプーチンは素早くバッグを持ち正門へ向かって駆け出していた。プーチン徹夜明けでよくあんな走れるなぁ、と感心しながら「俺たちも行こう」とコプチェフはボリスの手を引いた。

「ショケイスキー!」
「キレネンコさーん!キルネンコー!」
 正門に三人の姿を見つけたカンシュコフとプーチンは、人目も憚らず大声で名前を呼んだ。駆け寄ってくる二人は回りから異様な目で見られているにも関わらず、呼ばれた三人は一様に顔を明るくさせた。
「プーチン!」
「カンシュコフさ…ひゃっ!」
 辿り着くやいなやカンシュコフはショケイスキーに抱き付き、双子はプーチンに抱き付いた。
「久しぶり!元気にしてた!?」
「俺たちは元気だよ!プーチンはレポート大丈夫だった?」
「全然大丈夫!ありがとう〜!」
「ショケイスキー…!」
「カンシュコフさん…!お久しぶりです…!」
 各々が感動の再会を果たしているのを見て、その場の人々は「おお…」と声を上げた。あまりにも堂々としているが、高校生組は制服である。更にカンシュコフとショケイスキーは身長差がかなりある。観衆はなんとなく色々と察してしまった。
「会いたかったぜ。ごめんなぁ、時間取れなくて」
「いいえ、大学生が忙しいのはわかっていますから…」
「っ…ショケイスキー!」
「か、カンシュコフさん、ここ、人前ですよ…!」
 恥ずかしそうに目を伏せるショケイスキーに、カンシュコフは隠すように抱き締める。こんな可愛い恋人を他人に見せられるわけがない。
「キレネンコさん、キルネンコも、よく来たね!」
「プーチン会いたかったー!」
 ぎゅっと力を入れる双子に、頬が緩んで仕方がない。僕の恋人はこんなにも可愛い。暫くキレネンコの髪を撫でたり、キルネンコと手を握りあったりしていた。
「どうしてどいつもこいつも人目を気にしねぇんだ…」
「あっボリスー!久しぶりー!」
 漸く追い付いたボリスがげんなりした顔で集団を見て呟く。「コプチェフも!」と無邪気にコプチェフに近寄るキルネンコに、コプチェフ「久しぶりー」と緩く返す。
「ボリスといやらしいことしてたの?」
 寄ってきた途端キルネンコは真顔で爆弾を落とした。
「いきなりなんてことを言うんだキルネンコ?」
「いやボリスの耳がちょっと赤かったから」
「これはプーチンの教育か?」
「何言ってるんですか、高校生なんてそんなもんじゃないですか」
 キレネンコを後ろから抱き付いてるプーチンが答える。どちらかというと身長はキレネンコの方が高いので、キレネンコの後ろに隠れるようになっていた。大分不格好である。
「まぁ、ここで固まるのも邪魔だし学食行くか。今ならちょっと空いてんだろ」
「はーい」
 カンシュコフはショケイスキーと、双子とプーチンはキルネンコを真ん中にして手を繋ぎながら学食へ向かう。その道中も周りの学生たちはその集団を見てざわざわしていた。

「キレネンコとキルネンコはこの大学受けるのか?」
 学食のオムライスを食べながらボリスが双子に尋ねた。
 高校三年生のキレネンコとキルネンコは、来年にはもう大学生だ。恐らくもう推薦で決まっている者もいるだろうが、今のところこの二人がどこかに受かった、という話は聞いていない。受かっていたらプーチンが騒ぐだろうしわかるはずである。
 双子は受験のプレッシャーなど見せずにプーチンとカレー食べさせ合いをしていた。
「んー。一応ね」
「推薦じゃないんだ?」
「内申が駄目だから無理だった。ちゃんと学校には行ってるんだけどなぁ」
「学校に行っても授業には出ませんからね…」
 高校での双子の行動を思い出してか、ショケイスキーの顔色が暗くなる。カンシュコフはショケイスキーの頭を撫でながら「お前ら何したんだ…」と呆れながら尋ねた。
「キレネンコとキルネンコが授業サボったり授業中紙飛行機飛ばしてたり校長のカツラ取ったりする度に僕に報告が来るんですよ…」
「小学生か!」
「寧ろ何するために行ってんだ?」
「キレネンコとショケイスキーと遊ぶためー」
 にっこりと幼い子どもさながらの笑顔でいうキルネンコに、プーチンは「天使…」と顔を覆っていた。大概コイツも変人である。
「それで成績はいいってんだからわかんねぇよな」
「一年の頃は馬鹿二人とプーチンよりも成績よかったし」
「ちょっと、馬鹿二人でまとめないでよ。俺はプーチンよりも点数良かった」
「あんだけボリスと学校で爛れたことしておいて」
「キルネンコちょっと黙って」
 年下に手をあげまいとボリスは取り出しかけた六法全書をしまう。「照れてるボリス可愛いなぁ」と鼻の下を伸ばしたコプチェフの脳天には容赦なく落としたが。
 ふとボリスが時計を見ると、昼休み明けの授業開始五分前だった。
「工学部そろそろ授業始まんじゃねぇの?」
「うっわマジ?」
「そうですね。キレネンコさん、キルネンコ、また夜─」
 と、プーチンが席を立った瞬間、向かいに座っていたキレネンコがプーチンの首に腕を回して引き寄せ、そのまま唇を重ねた。
 その場にいた一同が固まる。
 キレネンコはゆっくり唇を離すと、「頑張れ」とプーチンを真っ直ぐ見て言った。突然のことにプーチンは真っ赤になって固まり、気が抜けたように元の椅子に戻ってしまった。
「僕もー!」
 それを見たキルネンコは、固まったままのプーチンに軽くキスを落とす。プーチンはまたピャッと肩を跳ね上げ、声にならない悲鳴を上げていた。
「〜〜〜〜〜〜〜〜!!二人ともありがとうございます…!!僕頑張ります…!!」
「わかったから行くよプーチン!遅刻する!」
 未だ腰を上げずふやけた顔を晒すプーチンを荷物ごと引っ張り、「じゃあボリスまた夜ね!」と言い残して二人は去っていった。
「…どいつもこいつも…」
「まぁまぁボリス!お茶飲んで落ち着けよ!」
「お前らのせいだろうが…」
 やりたい放題の双子にわなわなと震えるボリスに、キルネンコは肩を叩き、キレネンコは頷いた。他人の前ではそういう素振りをしまいと努力しているボリスだが、コイツらの行動の前では無意味だった。きっと明日にはキャンパス内で大きな噂になっているだろう。飛び火がこちらに来なければいいが。
「お前らだってやることやってるだろ。こないだコプチェフが自慢してきたぞ、『空き教室でボリスが』」
「あ゙ーーーーーーー」ボリスがドスの効いた声でカンシュコフの話を遮る。「情操教育上良くねぇだろそういう話」
「…それもそうだな。ショケイスキーの教育によくない」
「二人ともショケイスキーに甘すぎない?」
「それお前が言うか?」
 誰よりもショケイスキーの状況に敏感なのはこの双子である。一番年が近く、かつ年下のショケイスキーは、双子にとって可愛くて仕方がないのだろう。学校でショケイスキーに近付く輩を片っ端から絞めているという話は、ボリスもカンシュコフも知っていた。
「俺たちが唯一認めた男なんだから、ちゃんとショケイスキー守ってあげてよ」
「んなもんとっくにやってるわ。でも高校まではお前らが頼むな」
「はいはーい」
 本人を目の前にしてよくもまぁそんな話ができるものだ。ショケイスキーを見れば、案の定顔を真っ赤にしながら「あう」だの「うぅ」だの呟いていた。これは誰が見ても可愛い。
「んじゃあ、そろそろ行くか」
「はーいボリスせんせー」
 人を殺しそうな顔でこちらを見てきたカンシュコフをスルーしつつ、ボリスは高校生組をキャンパス案内に促した。

「どうだった?」
「カンシュコフとショケイスキーがずっとイチャイチャしてた」
 キャンパス案内が終わり、カンシュコフとショケイスキーは予定通りボリスの家へ行き、プーチンと双子は「明日遊園地だからー!」と言って帰っていった。カンシュコフとショケイスキーは買い出しの最中で、ボリスとコプチェフは二人の荷物を持ち先に部屋へ向かった。取り敢えず二人が帰ってくるまでは一休みである。
「うわぁあいつちょっとは自重しろよ」
「…どっかから『通報した方がいいかな』っていう声が聞こえた」
「ショケイスキーちっちゃいしね…」
 実年齢よりも幼く見られることが多いショケイスキーは、恐らく中学生くらいに見られていたのだろう。どう見ても兄妹には見えないだろうし、だとしたら─という思考になってしまうのも頷ける。しかし肝心のカンシュコフはそんなことを気にもせず(恐らく聞こえなかったのだろうが)、こちらが恥ずかしくなるほどショケイスキーとくっついていた。
「まーいんじゃない。俺たちだって他人のこと言えないし」
「まぁな」
「ボリスー灰皿…」
「お前今回のレポートでずっと吸ってたんだろ。我慢しろ、ショケイスキーも来るんだし」
「えー…」
 煙草…とパッケージと見つめ合うコプチェフに、ボリスはハァ、と一つ溜め息をつき、コプチェフを呼んだ。
「こっち来い」
「なーに?」
 ずりずりと四つ足でカーペットの上を移動するコプチェフの胸ぐらを掴み、少し乱暴にキスをした。舌は入れず合わせるだけ。彼の柔らかな唇を舐めて、掴んでいた手を放す。
 その時、ヴヴヴとスマホのバイブが鳴った。
「ボリス」
「デザート何がいいってよ」
「ボリス」
「アイツ持ちだし高ぇの頼んでやろ」
「ボリス」
「なんだよ」
「もっかい」
「煙草吸わねぇならいいぞ」
 コプチェフは返事もせず、目の前の唇に噛み付いた。がっつくようなそれに、まるで犬だな、とボリスはその藤色の髪に指を差し込む。歯列をなぞって、上顎を舐めて、舌を擦り合わせて、深く、深く。ぐち、といやらしい水音を二人だけの空間に響かせながら、心地好い悦楽に沈む。
 漸く離れた唇はどちらも唾液にまみれていて、蛍光灯を反射して艶やかに光った。
「お前デザートなにがいい」
「えー…ボリスなににするの」
「ハーゲンダッツ」
「容赦ないなぁ。俺期間限定のやつがいい」
「他人のこと言えねぇじゃねぇか」
 そう言いつつもボリスはぽちぽちと返信していた。LINEの向こう側で、カンシュコフが「はぁ!?」と声を上げるのが容易に浮かぶ。
「ついでにウォッカ買ってきてって言って。俺オレンジがいい」
「おう」
 オレンジ味の有名なメーカーのウォッカは、コプチェフが宅飲みでよく買うものだ。爽やかな味に騙されやすいがアルコール度数は高い。
 ショケイスキーに持たせるわけないし、荷物大変だろうなぁと思いつつ、どうせあいつらも二人きりで仲良く寄り道しながら帰ってくるのだ。心配してやる義理はない。
「…コプチェフ」
「ん?」
「お前、明日休みだよな?」
「うん、予定はないよ」
 その一言に、コプチェフは嬉しそうに「どうかした?」と訊いてきた。
「…明日一日、ここにいろ」
「…へ?」
「お前はなんもしなくていいし、お前がしたいことをすればいい」
 言外に「一日甘やかしてやる」と言われ、コプチェフの表情はみるみる輝いていった。子どものような顔の恋人に、ボリスの頬も思わず緩んだ。
「ありがとう。嬉しい」
「ん」
「明日が楽しみだなぁ」
 ふふ、とコプチェフが笑い、その様子を見てボリスもくすくす笑う。
 学生の時にしか出来ない怠惰を、明日一日、ずっと満喫しよう。

 その数分後、にこやかに重たいビニール袋を持つカンシュコフと、顔を真っ赤にさせたショケイスキーが帰ってきて、カンシュコフが再び六法全書で殴られることとなるのだが、それはまた別の話。


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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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