「おう、遅ぇぞ、苗字!」



マンションに引っ越し業者さんと忍足くんと共についたころには、とっくに日吉くんたちは先についていた。日吉くんの方には向日くんが車で向かっていたようだ。そして現地集合であろう跡部くんと樺地くんもそこにいた。


「日吉の荷物はもう、既に部屋に運んである。お前たちが事前に買ってあったベッドとかも運んでおいた」

「あとはよ、お前の荷物運んで片付けるだけだぜ、ちゃっちゃとやっちまおう」

「ウス」



なんという手際のよさだろう。流石は氷帝テニス部元レギュラー、全国レベルの人たちだ。きっと私と日吉くんだけじゃ一日丸々かかっていたであろう作業を午前中だけで済ませてしおうとしている。感嘆の声を漏らす間もなく、跡部くんは引っ越し業者の人に運んぶエレベーターなどを指示していく。そして業者さん以上に力仕事が得意であろう樺地くんが、業者さんよりも先に荷物を運びだす。どうしよう、手持ち無沙汰だなぁと立ち尽くす私に、「俺らか弱い組はこっち」と向日くん。連れられて一回だけ下見にきたマンションの私たちの部屋に行き、既に運ばれてる日吉くんの荷物の荷解きを始めた。


「ちなみに、この荷物が開けていいやつで、こっちがダメなやつだと」

「開けちゃだめなの?」

「て、ことは開けてみなくちゃ、だよな」

「え、ダメだって言ってたんでしょ、ダメだよ!」

「でも、苗字も気になんだろ?」


「…う、うん」



開けていい箱には日吉くんらしく、きっちりと綺麗に畳まれた衣服や小物が入っていた。日吉くんはあんまりものをごちゃごちゃ溜め込むのが好きじゃないから、段ボール箱は極端に少ない。配達を頼んでいた食器類とかも二人分と、あと予備の分しかないので量的にはさほどないから、時間に余裕があるといえば、ある。子供のように目を輝かせながら日吉くんの開けてはいけない段ボールの梱包を解き始めた向日くんをじっと眺め、誘惑に負けました。ごめんね日吉くん、謝りながら、開いた箱の中身を見る。



「え、パンツかよ!」

「…ひよ」

「パンツくらい恥ずかしがんなくていいだろー!」



期待していただけに、ちょっと挫かれた感が否めない。だけど、よかった。エッチな本とかじゃなくて。ほっと安心したのもつかの間。いつの間にか、開けてはいけない段ボール第二弾に突入していた向日くんから、ひっと驚きの声。どうしたのかと思い近づいて、私も軽く悲鳴を上げてしまった。



「怪奇現象ファイル…!」

「七不思議系の雑誌…!」

「エロ本よりたち悪ぃぞ、これ」

「うん…!」



禍禍しい表紙に、どちらかといえば苦手なほうに入るであろう表情をする向日くんが、怯えながらも段ボールの中を尚も漁った。そして出てきたのが、怪奇本の下にあったB6サイズの小さなアルバム。
猫の表紙をしたそのアルバムを見て、私は首を傾げた。彼氏の家に行ったとなると、恒例であろう卒業アルバムや家族アルバムのチェックを、私も漏れなくやっている。卒業アルバムのほうは、中等部から知り合いである私たちにはあまり新たな発見とかはないけど、家族アルバムとなると、見たことのない幼少期の日吉くんがこれまた可愛いんだ!でも、そのアルバムがおいてあった棚にはこの猫の表紙をしたものはなかった。几帳面な日吉くんが、同じ分類のものを違うとこにしまうとは思えないし。これこそ本当に見てはいけないものなのかもしれない。ちょっとの不安とドキドキを私から感じとった向日くんは、悪戯っ子の笑みを浮かべて、そのアルバムを開いた。



「…あ」



そこには、氷帝テニス部メンバーでの写真が、こっそりと。あんまり数は少ないけど、多分大会前とか合宿前に撮ったであろう、集合写真があった。跡部くんが部長の代、そして日吉くんが部長の代のが、中学の時高校の時と、これまた几帳面に分けて入っていた。見てしまって、向日くんは気恥ずかしくなってしまったんだろうか。「日吉、なんでこれ隠してんだよ、俺達が恥ずかしいってーのかよ」なんて憎まれ口を叩いてて、私は思わず笑ってしまった。髪の毛の色と同じく赤く染まった顔や耳を隠せないのは先輩と似たんだね、日吉くん。

先日に引き続き見たことのない日吉くんの一面を微笑ましく思いながら、テニス部の写ったアルバムと一緒にあったもう一冊の隠されていたアルバムを軽い気持ちで開いてしまった。そして、言葉を失った。動きも止まった。不信な私に気がついた向日くんが、私の手元にあったアルバムを見た瞬間、向日くんも絶句。



「…こ、これ」

「う、ん」

「お前、だよ、な?」

「……うん」



どうしよう、顔から火が出そうなくらい、熱い。私もきっと、先程の向日くんと同じくらい、真っ赤だろう。アルバムに写っていたのは、私の写真。ページを捲ると私と日吉くんの2ショット写真も沢山あった。デートの時とか、学校行事とかの時に一緒に撮った写真。中等部のときのも高等部のときのもきちんととっておいてくれてる。写真を撮る時は、散々嫌がってたくせに。二人で撮ったプリクラもアルバムに保管してるなんて、なんとも日吉くんらしい。それはとても喜ばしいことなんだけれども、ところどころにある私の単体写真はなんなんだろう…!全く撮られた覚えのない写真もばかりだ…。思い返してみる、なんで私のピンショットがこんなにあるのか。…そういえば、日吉くん、中、高と報道委員会でずっとカメラ持ち歩いたっけ。なにかあったらいつでも撮れるようにって委員会から手渡されたもの。日吉くんの撮った写真はついぞ報道委員会の新聞には載ることはなかったのだけれど、まさか…!



「そういえば、若のやつ、たまに報道委員会のカメラをなんにもなさそうなとこで撮ってたけど、それって、」

「お、思い違いだと思いたい…」

「俺も…。まさか、学校のカメラで苗字を撮ってたなんて、そんな若…」



そりゃ新聞に写真載んねぇだろ、という向日くんの呟き。日吉くん、なんて恥ずかしいことを…!彼女として、誇っていいことなのだろうか、うれしいけどそれよりも恥ずかしい気持ちの方が勝っている!見てしまった向日くんも恥ずかしいのか、ふたりで真っ赤になって無言。



「ちょっ!アンタたちなにやってんだ!」



私の荷物を運んできたであろう日吉くんが現れて、私たちの手からアルバムを引ったくった。引ったくった日吉くんも、真っ赤。



「…みましたか?」

「見てないよな、苗字」

「み、みみみ見てないよ!」

「見ただろ…」

「みみみみみみ、見てないってば!」

「…アンタ嘘つくときに必ず吃って目が泳ぐの気がついてないのか」

「…え、!」

「ばっ、苗字…!」



耳まで真っ赤になってしまった日吉くんが、アルバムを抱えたまま力仕事に戻ってしまった。な、なんだか、やってしまった感に満満溢れている。ごめんなさい日吉くん、これは本当に見てはいけないものでした。日吉くんが目のふちまで真っ赤で、泣きそうなくらい恥ずかしかったんだろう。



「な、なんだか、苗字」

「…うん」

「お前、…愛されてんな」

「…ありがとう、うう」



私たちふたりは、もう何も触れまい、と言葉に出さずに誓い、黙々と片付け作業に戻った。



* * *



部屋に荷物をすべて運んで、日吉くんと家具の微調整をして貰ったら、あとは私と日吉くんのふたりで片付けられる範囲なので作業は一旦お休みとなった。

近くのファミレス(跡部くんは場所が不満だったみたいだけど)で遅い昼食をお疲れ様会をかねてとった。このメンバーは氷帝外でも注目を集めたけれど、この前よりも跡部くんに慣れたのもあって、みんなで楽しく過ごすことが出来た。本当に、日吉くんは、いや、私も含めて、いい友人に恵まれたなぁと思う。向日くんが、マンション地下駐車場に停まっているため、それをとりに再びマンションへ。ちなみに忍足くんは同じくマンションだ。



「おい、日吉、苗字」



着くなり、跡部くんが私たちを呼びとめる。なにかと思えば、私たちに差し出されたのはふたつの鍵。



「無くすんじゃねえぞ。なんせセキュリティ万全のマンションだからな」



私たちの部屋の鍵。なんだか、くすぐったいようなそんな響き。日吉くんの分と私の分のふたつが、銀の丸い留め具でまてめられていた。日吉くんがそれを受け取る。チャリチャリ、ぶつかって奏でられる音。鍵を持った方の日吉くんの掌が私の掌に重なって、ふたりの手の間に硬くて冷たい金属。驚いて日吉くんをみたら、優しく笑っていた。そうしたら、さっきまでのセンチメンタルな気持ちがまた胸に込み上げて、熱くなる。



「みんな、本当に、今日はありがとうね」

「ありがとうございます」



ふたりで頭を下げた。下を向いたら余計に涙が込み上げそうになったので、必死に堪えた。多分、日吉くんは気がついていて、繋ぐ手の力が強くなった。



「な、なんだよ、別にいいってこれくらい!」

「せやで、可愛い後輩と苗字のためやったらなんてことないって」

「ウス」

「ふん、まあ、せいぜい仲良く暮らせ」

「おう、落ち着いた頃に、今度は遊び来るからよ」



こうして、優しい先輩たち、かつてのチームメイトである跡部くんと樺地くんと向日くんとさようならをした。忍足くんも、7階にあるという自分の部屋に先に戻るという。「新婚さんの邪魔したらあかんからなぁ」と。結婚してません、なんてツッコミを入れられないくらい、私は今、満たされている。私は昔はこんなんじゃなかったのに、日吉くんといると、なんだか涙腺が緩んでる気がする。それも、悲しいからじゃなくて、もっと言葉には出来ないような複雑な感情が絡みあって出来た気持ちが私から涙になって溢れ出ようとする。顔を下げたまま上げられなくて、日吉くんにほら、行きますよって手を引っ張られるまま部屋へと向かった。ふたりの手の中であったかくなった鍵で、部屋の扉を開ける。
私の部屋とも、日吉くんの部屋とも違う新しい匂い。まだ空いてない段ボールに、新しい家具。まだ慣れない、この部屋で、今日から私と日吉くんは。



「…まあ、アンタの写真を取っておくくらいの男ですけど」

「…」

「アンタを幸せにするともいえないけど」

「…」

「一緒に、幸せになりましょうって、言わせてください」

「…っはい、」



我慢してたけど堪え切れなくて、涙が出てしまった。日吉くんといると、感情が溢れてしまうんだ。日吉くんの気持ちが大きいから。「馬鹿、何泣いてんですか」傷のない床、オフホワイトの綺麗な壁紙の玄関口で、日吉くんに抱きしめられて、胸に顔を埋めた。日吉くんのシャツに、私の涙がじわじわと染みていく。優しい手の平が、私の頭を撫でた。



「好きです、俺は、名前さんと暮らせて、本当に幸せだ」


私も、って言葉が、使えて出てこなかったから、ぎゅうと日吉くんに抱きついた。日吉くんの手が、私の顔を持ち上げて向かい合うと、頬を流れる涙にそって、舌がなぞった。


「これから改めて、よろしくお願いしますね、名前さん」





お引越しましょう


これはハッピーエンドなんかなくて、これから私たちの新たなお話が始まるんだ。きっと喧嘩なんかもしてしまうかもしれないけど、それと同じ数だけ、仲直りしよう。
私も、日吉くんと一緒に暮らせて幸せだ。

20100505
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