日吉くんの言葉の一言一言、行動のひとつひとつが優しい、愛しい。付き合って5年目、きちんとふたりの愛は育ってるって実感できる。友達の言うマンネリ化とかもない。むしろ、日を重ねるごとに気持ちは大きくなった。特に最近は、急激に大きくなってると思う。


日吉くんは大人になった。私の不安もなにも全部飲み込んでしまえるくらい。私は、ひとつだけだけど、日吉くんより年上であるから、その分しっかりしなくちゃという思いが常にあった。日吉くんは、弱音を吐くような子じゃないし、溜め込んじゃう子だったから、私が支えなくちゃいけないっていう変な気負いがずっとあったのかもしれない。
…日吉くんも日吉くんで、強くあろうとする人だがら、それですれ違ってしまうことが高校のときはあった気がする。でも、最近はすごい順調だ。会えないときにお互いに素直に会いたいって言えるようになったし。日吉くんの腕にぎゅうと抱きしめられたら悲しい気持ちも寂しい気持ちも全て消えてなくなってしまう。世界で一番安心できる場所。全部を包み込んでくれる。日吉くんも私も、少し大人になって、お互いの気持ちをきちんと伝えられるようになって。…なんというか、より愛しくなったと、いいますか。恥ずかしいですけど自分で言ってて何言ってるんだって感じですけど。それは確かだ。



「跡部さんが、マンションひと部屋貸してくれるそうです」

「え、跡部くんて、あの跡部くん」


ひき続き、日吉くんのお家の日吉くんのお部屋。ふたりで並んで座ったソファ。
日吉くんと一緒に暮らすことになって、家賃や生活費が折半になるので今までの貯金分で賄えそうだということで、具体的に話を進めることにしました。まずはやはり住まい。ひとり暮らしの構想を練っていたときに軽く物件を覗いてみたけれど、なかなか理想の住まいって見つからない。
大学のキャンパスのある駅、とまでは言わなくてもいいけれど、最寄駅が近くなければ引っ越す意味がない。ユニットバスは嫌だし、できればセキュリティもしっかりしていたほうがいい。ひとり暮らしならある程度手狭でもいいかな、とは思っていたけれど。日吉くんと住むなら六畳一間とか言ってられないだろう。どうしよう、日吉くんはなにか希望ある?、と、尋ねたところ、先程の答え。


「先日、俺が名前さんと一緒に住むって言ったら、そう言いました」

「え、それは…まともなマンション?」

「と、言うと?」

「…薔薇まみれとか、…部屋が金箔貼りとか…」

「ああ、至ってまともなマンションでしたよ」


すぐに資料とかくれたんですけど…。そう言って日吉くんが鞄からパンフレットを取り出した。見てみたら、ああ、どうやら内装もシンプルなマンションではある。だがしかし、オートロック式でシンプルながらも洗練されたデザインの10階建てマンションの8階。大学の駅から2駅で、駅から徒歩5分。1LDKのバルコニー付きに風呂トイレ別。その他、エレベータや宅配ボックスや駐輪場システム・ガスキッチンでしかも角部屋…!ちょっと待て、これは賃貸マンションとは言えこれは家賃が高いだろう。案の定、家賃の項目を見たら、40万円…!


「ひよ、いいよ、もっと質素なとこで…」

「跡部さんは家賃ただでいいって言ってました」

「ええ!」

「なんでも、俺様の持ちマンションだ、とか」

「いや、それは悪いわ、逆に!」

「俺もそう言って折れなかったら、家賃5万円でって」

「うっ…!」


非常に美味しい条件である。でもこれに甘えてしまうのって人としてどうだろう、頭を抱えていたら、日吉くんが慰めるように私の肩に手を置いた。「俺も散々断ったんですが、俺様のマンションに住めねぇってのかって、キレられました」拒否権はなさそうです。諦めたように日吉くんはため息と共に首を振った。跡部くん、私にはあなたがわかりません…。日吉くんも、もう抵抗しても無駄なのか、こうなったら住んでやりましょうと意気込んでいる。

…あれかなぁ、やっぱり日吉くんみたいな可愛い後輩がいるとついつい面倒を見たくなっちゃうのかな。聞くところによると、大阪の親元から離れて暮らす忍足くんもこのマンションに住んでる模様。忍足くんもいるのか、じゃあ、お言葉に、甘えてしまおうかな(だって忍足くんはもっと安い家賃で借りてるみたいだし)。


「今度、ふたりして跡部くんに挨拶にいかないとね」

「ええ、こればかりは感謝しないといけませんね」


こうして、無事に住居は決定した。私の親にはさりげなく私は家を出て、日吉くんと同棲する旨を伝えたら、大喜びで、ある程度の仕送りはしてくれるそうだ。私もバイトは続けるつもりだし、どうにかなりそうだ。私の人生はばら色だ。


その日、日吉くんに連れられるがまま、ご家族の方にも挨拶をした。前から面識はあったし、とても良くして下さる素敵なご家族だし。大好きな日吉くんの大好きなご家族、なのだが…!日吉くんのお祖父さんもお父さんも厳格、っていうイメージがあったので、はたして同棲なんて許してくれるのだろうか。何度もお食事とかに招いてもらって最近はすっかり打ち解けていると思ってはいたが。
それとこれとは別で、凄い緊張した。心臓がバクバク言いすぎてそのまま口から出てきちゃうかと思ったくらい。もしそんなもの間違ってでも出したらはしたない娘さんということできっと日吉くんとのことを許してくれないだろうと思い、必死で我慢した。
畳のお座敷で、日吉くんと並んで座ってその話をしたときも、ずっと日吉くんが手を握ってくれていたので私は止まりそうな呼吸をなんとか続けることが出来た。


「父さん、母さん、俺は名前さんと一緒に暮らしたい」


はっきりとした日吉くんの声がずいぶんと印象的だった。そしたら、すんなり、オッケーをもらえた。え、そんな簡単なの?ってくらい。もっと、「婚前の男女が一緒に暮らすなどたるんどる!」(あれ、なんか違う?)とか言われると思った…。普段は凄く優しいおじさまなんだけれども、そういうことには厳しいのかと。だが、本当にすんなり許してくれた。「若のことをよろしく頼むよ」って。確か私が日吉くんのお家に来て初めて挨拶したときにも、同じことを言われたのを思い出してなんでか目頭がぎゅうっと熱くなって泣きそうになってしまった。「お義父さんって呼んでもいいからね」って言われた時は、流石に恥ずかしくて笑ってしまったけれど。日吉くんも真っ赤になって怒るんだから。





そのままの流れで、私の家に日吉くんを招いた。休日でお父さんもお母さんもいたので、挨拶をしちゃおう、ということだ。私はもう両親には日吉くんと一緒に住むことの許可を得ているのに、日吉くんは少し緊張してるみたいだった。

「日吉くん、大丈夫だよ」

「ああ、分かってるけど」

「…けど」

「殴られたらどうしようかな」

驚いた。私の家へと迎う途中、日もすっかり暮れた街灯のともる夜道。手を繋いでふたりで歩いてるときの日吉くんの呟き。日吉くんとの同棲にうちの親は賛成しているんだからそんなに緊張することもないのに。握った手が強張っていて、珍しい。緊張よ解れろーって気持ちを込めて、日吉くんの手をにぎにぎしたり指先で撫でてたら「触り方がやらしいです」って怒られた。

本当に、緊張なんてする必死ないのに。だってうちの親は日吉くん大好きだ。礼儀正しいし律儀だし。初めて日吉くんがうちにきたときの日吉くんの挨拶がパーフェクトすぎて、うちの親が逆に戸惑っていたくらいだ。そして「あんたいい子見つけたわね!しっかり手放さないようにするねよ!」って息を巻いていたお母さんや、緊張しまくってお茶を零してたお父さんのほうが日吉くんより子供に見えたくらいだ。多分、うちの親は、私みたいな娘にこんな素敵な彼氏ができることは二度とないくらいに思っているだろうから。だからあんなにも同棲にも喜んでいたくらいなんだよ。
でも、緊張する日吉くんがなんだか可愛かったのでそこまでは言わないでおいた。「娘に近づくなとか言われたらどうすればいいんだ」とか悩んでる日吉くんをみたら、自然と口許が緩んでニヤニヤしてしまった。


「…なに笑ってるんですか」

「ううん。なんでも」

「…こんなんで、緊張してちゃダメですよね」

「え?」


だって、また次にももっと大事な挨拶に来なくちゃいけないんですから。
日吉くんの言葉に頭にはクエスチョンマークが浮かぶ。次、もっと大事?いったいなんだ。うちの親は日吉くん大好きすぎて、来ると過剰なもてなしとかするから恥ずかしくてあんまり日吉くんと会わせたくないんだよなぁ。まだ未成年な日吉くんにお酒を勧めたりするし。家族と彼氏が仲悪いのは嫌だけれど、好きすぎるのも考えものだ。
今日だって、日吉くんのお家から、日吉くんがうちに挨拶したいんだって、と電話したら、受話器越しのお母さんの喜びときたらすごかった。美味しいもの作るからなるべく時間かけて帰ってきて、という変なミッションまで与えられた。お父さんもお父さんで、普段のだらしの無い格好から、今頃慌てて着替えてるんだろう。大学に入ってからは忙しいくなって、あんまり日吉くんがうちにくることがなく、久しぶりだから、特に。日吉くんがくるたびにうちはお祭り騒ぎになるんだ。あんまりこのお祭り騒ぎイベントは起こしたくないんだよなぁ。
ぼんやりと考えていた私に、「名前さん、アンタ分かってませんね」と、日吉くんは呆れらた顔をした。


「なに、わかんないもん」

「相変わらず、何年経っても鈍いですよね」

「鈍いってなに!」


いきなり、日吉くんはムスっとして不機嫌そうな顔になった。こういうとこはまだ子供だなぁ、と思う。いや、違うかな。前のほうがもっと、感情の振れ幅を表に出さなかった気がする。ぐっと奥に閉じ込めてたような、大人ぶったそんな感じ。だからこそ、こうして素直に表情を変えてくれる日吉くんは、変えられるようになった日吉くんは、やっぱり大人になったのかもしれない。そんな一挙一動が愛しくて、目が離せない、ずっと傍にいたい。


「次は、アンタを嫁にくれって挨拶に行くんでしょうが」


そう言った日吉くんがあんまりにも真っ赤だから、私までつられて顔が熱くなるのを感じた。反則だよ、日吉くん。相変わらずムッとした無口のまま、私から顔を逸らして隣を歩く日吉くん。それでも耳は赤いよって、そんなお話。

さっきよりもずいぶんと緊張の解けた掌が、私と重なって体温が溶けていく。繋いだ手はなんだか汗ばんでいたけど、だからこそ隙間なくぎゅっとくっつけるんだって、日吉くんは知ってるだろうか。

今日は、次の挨拶のための予行演習ということで、気楽にいきましょう。大丈夫、私たちの間を引き裂けるものなんてなにもないよ。



ご挨拶しましょう

20100408
何故か日吉くんのお父さんのイメージが真田な件
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