窓際の友人の席に座ってる。手元には英語の教科書とノートと、電子辞書も。あと1日と迫った英語の小テストへの対策を私は、放課後の教室に残り、一人せっせと励む。なんて勤勉なんだろうか。そんなことをいいつつも、一昨日から始めたこの自主勉強で、テキストは3ページも進んでいない。進んだページだって、しっかり頭に入っているかと聞かれれば、答えは否、だ!…日吉くんに知られたら、アンタなんでそんなこと自信満々に言ってるんですかって呆れられそうだ。でも、私にだって反論はあるんだ。教室、窓際、テニスコート。遠くからではあるけれど、日吉くんの部活をしている姿が眺められた。そんな、ちょっと左側を向けば日吉くんを見られるって言うのに、見ない馬鹿がどこにいるんだろうか。いるわけがない!


緑色に広がるコートに、色素の薄い髪の毛、氷帝のジャージ。日吉若くん。今日は朝から風が強くて、コートを囲む桜並木は大きく揺れた。花びらが舞う。
実は付き合ってからは結構年数は経つのだけれど、日吉くんのテニスしている姿ってあまりみたことない。極端に日吉くんが嫌がるからだ。心配だって、いつも言う。だから日吉くんは私にテニスをしてるとこを見られたくないんだって。公式戦の応援も、あんまりいい顔をしてくれない。何回かこっそりとは行ったことはあるんだけど、一回ばれちゃって、こっぴどく叱られて、正座までさせられた。ほっぺたを思いっきり抓られた、左右に引っ張られて、私が「いひゃいいひゃい」としか喋れないことをいいことに、日吉くんは満面の笑顔で「え、何を言ってるのか全然わかりませんね。ちゃんと喋ってくださいよ、ほら」とか、絶好調だったな。…一応、私、年上なんだが…。それからは試合観戦には行ってなかったりする。なんでだろうって考えた。私って、そんなに頼りないのだろうか。これでも、クラスの係として頼られたり、友人の相談とかのったりしているのに。日吉くんは私のこといつもいつも危なっかしいって言うんだ。そんな、女の子のギャラリーの波に呑まれるわけないし、ボールが飛んできたって平気だ。私を、好き、でいてくれる特殊な感性の人って日吉くんくらいしか、いないし。…日吉くんだけ、いてくれればいいし。


日吉くんは、ちょっと心配性すぎる。日吉くんのテニスしている姿は、凄く綺麗だ。だから、ずっとみていたいのに。こうして、遠くから見ているだけでも、日吉くんを見ているとドキドキする。演舞テニス。私はテニスにはあまり詳しくないのだけれど、日吉くんのあのテニスは一番綺麗だって思うんだ。
中学生の時、跡部くんたちが3年の時の全国大会が終わった時。日吉くんが後をついで部長になった。あの時の日吉くんは誰にも、私にも言わなかったけれど酷く脆かった。勿論、弱さなんか見せないし、弱音も吐かなかったけれど。跡部くんを心底慕っていた同級生や後輩によく、比べられて色々と言われたりしていた。中には、きちんとしたフォームじゃない日吉くんのテニススタイルを馬鹿にする人まで現れた。跡部くんが、完璧なまでのオールラウンダーで、絶対的なまでのカリスマ性を備えていて、きっと誰もが跡部くんのテニスに憧れていたんだろう。

一年の頃から、部長としてテニス部を率いてきた跡部くんの影に、日吉くんは囚われてしまっていた。私は、その時なんの力にもなってあげることが出来なかった。自分はなんて無力で、日吉くんの傍にいることしか出来なくて、彼女でいていいんだろうかって悩んだこともあったんだ、あの時は。

でも、日吉くんは自分の力で乗り越えた。跡部くんとは違うやり方で彼は部長としてみんなを引っ張ってテニス部を全国へと導いた。始めは日吉くんを認めなかった人も、日吉くんを認めて、一緒に戦った。演舞テニスも、あの踊るように流れるフォームだって、氷帝、いや、日本、いやいや、世界一美しいと思う。あれから、日吉くんは随分と大きくなったなぁって思う。外身はもちろんのこと、中身がそれ以上に大きくなった。彼は今でも(多分跡部くんを尊敬しているからこそ)下剋上って言っているけれど、日吉くんはもう、跡部くんを越えていると思うんだ。跡部くんとは違う、日吉くんは日吉くんのやり方で、日吉くんはどんどん大人になる。跡部くんと日吉くんは違う人間で、日吉くんは日吉くんて、飛び切り格好いい。跡部くんだって、日吉くんを誰よりも認めていた。だから、日吉くんを、次期部長に選んだんだ。誰よりもずっと前を見つめている、そんな姿を、ずっとみてられる私は、幸せだ。
だからこそ、テニスしてる姿も見ていたいって思う私は、わがままなのかな。なんか、日々、日吉くんが足りなくなる。昨日、久しぶりの一緒にいられる休日で、沢山ちゅーしたり、ぎゅうってしたりしたからか。日吉くんを見てるだけで体に温かい幸せな感情が溢れてきて、胸がいっぱいになる。そしてどこか苦しい、ずきずき甘く痛む。


「…ひよ」


机に突っ伏して、横目で窓の外を眺めた。遠くに吹奏楽の楽器の音が響いてた。外は宵の闇に染まりつつあり、テニスコートはライトで照らされている。日吉くんは今ラリーを終えたとこなのだろうか。後輩からタオルを受け取って、ベンチへと向かっていた。背中、大きいなぁ、誰よりも大きく見える。まっすぐ伸びた背中だ。
ふ、と、日吉くんが顔を上げて、こちらを向いた。視線が重なった。笑った気がする。それもたったの一瞬で、彼はすぐに戻ってしまった。ああ、うう、たったそれだけなのに、心臓が爆発しそう。病気みたいだ。 一昨日よらも昨日よりも、ずっとずっと日吉くんが大好きだ。こんなんで明日はどうなってしまうのだろう。少し、怖い。日吉くんに触って貰えなくなってしまったら、きっと私は心がカラカラに乾いて死んじゃうんじゃないかってくらい。


「あれ、教室いるなんて珍しいなぁ」

「あ、忍足くん」


忍足くんが教室の入口に立っていた。格好はユニフォームのままで、首にタオルをかけていた。


「どうしたの?」

「いや、跡部に渡す忘れてしもて、部活終わる前に取り行けー言われてな」


相変わらず鬼なんやって、忍足くんは溜息。時計をみたら確かに、あと10分くらいで練習が終わる頃だ。今日も勉強進まなかったなぁ、なんて、苦笑。


「教室で待ってるん?」

「うん、最近はね」

「ホンマ、日吉のヤツドロドロに過保護やからなぁ」


ははって忍足くんは笑いながら、教室の後ろの方の席を漁っていた。忍足くんとは、中等部から高等部の6年間で、4回も同じクラスになった。こんなマンモス校でそれは奇跡に近いことだったし。忍足くんはマイペースで冷静に周りを見ている大人な性格だったので、一緒にいるのがとても楽だ。そして、日吉くんとのことを何度も相談にのってくれたり、私と日吉くんを付き合うきっかけをくれたのは、忍足くんだったりもするから、感謝してるんだ。


「でも、自分もたいがいやなぁ」

「え、」

「俺が来たんしばらく気づかんと、ずっと外眺めとったで」

「ほ、ほほ本当!?」

「ホンマや、日吉しか目に入らんって感じやね」


反論、しようとしたけど。できなかった。だってそれが事実だ。うん、って素直に頷いたら、忍足くんは尚も楽しそうに笑った。


「なんか、心臓壊れちゃいそうだよ、最近」

「あれやで、心臓って一生で動く回数決まってるんやて」

「ああ、じゃあ私、多分早死にだなぁ」

「大丈夫やん、そんなん」

「なんで?」

「日吉もきっと自分とおんなじくらい早死にやで」


そうかな、それもちょっと困った話だ。日吉くんには長生きして欲しい。そして私も、日吉くんと一緒に長生きしたい、なんて、将来の話だけれども。じゃあもう行かなあかんねん、ほななって忍足くんは教室を出て行った。私もそろそろ、下駄箱に行かなくてはな。窓の外を眺めたら、もう一年生の片付けが終わりそうな頃だった。日吉くんの姿は見当たらない。もう着替えてるころだろうか。私は身支度を整えると、下校する文化部部員たちに紛れて階段を下りた。





下駄箱で靴を履いて、日吉くをを待っていた。まだテニス部員がくる様子がなかったので、文庫本を取りだしてベンチに座っていた。桜の花びらがまっている。きっともうすぐすべて散ってしまうだろう。うすピンク色が雪のように降り注ぐ。



「名前さん」



名前を呼ばれた。ざあって春の嵐が吹き荒れる。顔を見なくてもわかる、名前を呼ばれただけで、こんなにもドキドキするのは日吉くんしかいない。



「ひよ、お疲れ様」



制服姿の日吉くんが、いた。でも、違和感を感じる。少し、疲れたような、そんな表情。なにも言わないで私の目の前まで来た。どうしたんだろう。



「…、ひよ?」



そのまま、無言のままで彼は私に覆い被さるようにもたれかかってきた。いつも見たいに強い力で、ぎゅっと抱きしめられるわけじゃない。ずっと、ずっと弱々しい。私の肩口に彼の頭がのせられているので、どんな顔をしているかはわからない。でも、微かに震えている気がしたのは、私の気のせい?



「…ひ、よ?」

「…名前さん」

「大丈夫?」

「すいませ、少し、このままで…」



彼の髪の毛に、桜の花びらが降り募る。ひらりひらりと。それをそのままに、私は日吉くんを、そっと抱きしめた。背中をそっと、あやすように撫でる、大丈夫、大丈夫。
重なった身体の右と左にそれぞれ向かい合った心臓が、共鳴したみたいにゆっくりと動いた。どくどく、それでも、日吉くんは何も言わなければ、私は日吉くんの気持ちの深くまでを知ることが出来ない。いつも無力だ。だから、精一杯日吉くんと呼吸を合わせてバラバラの個体同士の私たちが少しでもひとつになれるようにする。



「…名前さん、」

「…ん」

「…好き、好きだ」



初めてのキスみたく、日吉くんの顔がゆっくり近づいて、ほんの一瞬だけ、触れた。日吉くんは、何かを言いたそうにしてるのだけはわかった。でも、何も言わなかった。ただ、彼の私の腕を握る手だけが不安そうに揺れている。どうして、日吉くんの気持ちをもっとわかってあげられないんだろう。それが凄く、もどかしい。いつものような笑みを取り戻しても、日吉くんが辛そうなのだけは分かる。でも、私はいつも、そこまででしかないんだ。


帰りましょう。
彼の言葉に頷いて、差し出された手をいつもよりもぎゅうっと握った。たかだか、17年しか生きてない高校生の私だけど、日吉くんの手は絶対離さないって誓った。



春の嵐に揺らぐ

20100325
捏造パラダイスすいません。でも、日吉くんは部長になったときに跡部の存在を引きずって悩んでいたらとても萌える。
次の話は日吉視点になります^^
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