彼女が泣くときは、いつも雨だった。彼女が泣いたから雨が降るのか、雨が降るから彼女が泣くのかはわからなかった。もしかしたら、彼女は晴れた日にも星の夜にも泣いていたのかもしれなかったが、俺が気づいた時には必ず雨の日に泣いているのだった。声もあげずに、枕に顔を埋めて泣いていた、今夜もそうだった。

ふと目が覚めたときには雨は降りだしていた。春の夜が泣いていた。しとしとしとしと。雨粒が屋根や草や葉や地面に跳ね返る静かな音が闇夜を支配していた。もしや、と、隣で眠っているはずの彼女を見遣ると、彼女の顔は枕に伏せられ、肩はちいさく震えている。



「・・・泣いてますか?」



俺の声は雨の音に紛れて彼女には届かなかった。いつもそうだ。俺の声は始めから存在しなかったように彼女には届かない。湿度を含んだ喉に張り付くような空気は全ての音を飲み込んだ。彼女の鼓膜を揺らすこともしなかった。彼女は音もなく泣き続けた。



「すいません、本当、すいません」



俺の声は届かない。乱暴に彼女の肩を掴んで仰向けにした。彼女はやっぱり泣いていた。暗闇の中に浮かぶ真っ赤に腫れた目を彼女は両の手の甲で隠した。


み な い で 。


彼女の唇はそう動いたけれど、声なんか聞こえやしない。だから知らない振りをした。雨は少し強まった気がした。ざあっ。詰まるような気持ちだ。彼女の涙を舐めとって、そのまま流れて首筋にキスをした。彼女はちいさく頭を振った。前に残した赤い跡を見つけてはそこにキスをして色を強くした。雨はますます強くなった。ああ、春の夜は泣いてる。


雨の匂いに俺も泣きそうになる。
もしかしたら、なにも聞こえないのは俺のほうかも知れない。雨に濡れては溶かされ、腐敗していくのだ。そんな俺の姿に彼女は涙しているのかも知れなかった。だって、雨の中の彼女の躯はこんなにも綺麗だ。


春の雨はまだ止みそうになかった。




神よどうか泣かないで

(彼女が泣いてしまうから)
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