※社会人設定






予定も気持ちも、ぽかんと抜け落ちた平日の昼。公園のベンチからぼーっと眺めた周りのせかいは、映る人もすくなくてみんなゆっくりとしていた。時間がここだけなくなってしまったかのようだった。穴が空いている、空に、地面に。切り取られてしまったような風景だ。俺だけそこに馴染めていない。

空は馬鹿みたいに晴れ渡り、雲ひとつないスカイブルーのグラデーションはとても眩しかった。泣きたくなるほど、だ。


一通の手紙がとどいたのは、いつのことだかはわからなかった。試合で日本中や外国にあちこちに飛び回っていて長い間留守にしていたマンション、新聞やチラシがまとめてねじこまれたまるで酷い惨劇にでもあったかのようなポストの中にそれは紛れていた。気が付いたのは、つい昨日のことだ。消印は、1ヶ月も前。




前略

幸村くん。お元気ですか?きっと幸村くんのことだから、元気にやっていることでしょう。そういう姿しか、想像させないのです、幸村くんは。身体の調子もきっと、中学生のあの時以来風邪一つひきませんでしたよね。俺が病気なんかで死ぬかよ、馬鹿と言ってくれたのも覚えています。だから幸村くんは元気だろうと私は思っています。
テニスの方も、やっぱり順調なんでしょうね。こんな世界の片隅に生きてるような私の耳にも、それは聞こえてきます。私はあれだけテニス部が盛んな立海にいたのに、テニスのことには詳しくて(こんなこと言ったら怒られちゃいそうだね)、幸村くんのテニスも、プレイスタイルがどうのとかテクニックがどうのとかは全然分からないけれど。でも、どうしてか、幸村くんのテニスは凄い好きだし、素敵だと思います。学生だったころからそれは変わりません。単純な勝敗とか点数だけじゃなくて、テニスをしている幸村くんの姿がすごい好きでした。言ったことなかったけどね。多分、私は幸村くんのテニスをずっと応援し続けると思うよ。きっと、私なんかが応援しなくても、もっと、広い世界の沢山の人から愛されて、応援されていると思うけど。世界の片隅から応援しています。これくらいは、許してくれますよね。

雨の日になると、未だに思い出してしまいます。あの日は雨なんか降っていなかったのに、です。あの日は、暖かくて例年よりずっと早く咲いた桜の花があまりにも綺麗で。春の強い風に吹かれて雨のように花びらが舞っていたからかもしれません。春は別れと始まりの時期なんていうけれど、まさにそうだと、今でも思います。世界中あちこちを飛び回っている幸村くんにはあまり感じられなくなったかもしれませんが今年の東京の3月はの今までの3月よりもきっと、あったかいような気がします。でも、この時期は私にとっては寒いのです、冷たいのです。多分、少し、憎いのです。だからきっと、思い出してしまうのでしょう。


どうして、私が今更私が手紙をよこすのか、と、幸村くんはいぶかしんでるかな。きっと、手紙の私の名前をみて、幸村くんは凄く驚いたんではないでしょうか。でも、それはただの私の願望であります。もしかしたら、幸村くんは私の名前を見ても何も感じないかもしれないし、もしかしたら、名前を、私を忘れちゃってるかもしれませんよね。それくらいの時が流れています。そんな不安がありました、けれどどうしても伝えたいことがあって、お手紙を書きました。住所は柳生くんに聞きました。柳生くんの連絡先は、この前クラスの子に聞きました。沢山の人に迷惑をかけました。

そう、なんで手紙を送ったのかといいますとね。余計な話ばかりして、もう便箋3枚目ですけど。(話がまとまらないのが私の悪い癖でした、まだ治ってません。それで幸村くんに何度も怒られたのも今ではいい思い出です)
それでも、いつもよりももっと長くなってしまった話は、こうして、今更手紙を出すことに、気まずさとか、申し訳なさを感じてるからかもしれません。目をつむってやってください。

あなたの活躍は、世界の片隅にいる私のもとにもきちんと届いてます。あなたは間違ってなかったんだってちゃんと感じます。今更、本当に今更だけど、あの日、応援出来なくて、見送りにすら行けなくてごめんなさい。大学のあの時、私よりも世界を、テニスを選んだんだって、思ってしまいました。きっと、子供だったのです。あなたよりも、自分の方ばっかり可愛かったのです。きっと、幸村くんに私は似合わなかったんですよね。

私は結婚します。1ヶ月後の4月の、暖かい日に結婚します。もう、二度と手紙は書きません。ずっと引きずってた思いも、全部全部埋めてしまいます。私は、いまでも、あなたのことが好きでした。それも、もう終わります。そっと、鍵をかけて、仕舞うのです。それは、幸村くんにしか開けられない秘密の箱です。きっと、会ったら、それは開いてしまうから。私は、あなたには、二度会わないでしょう。

ありがとう。
風邪などひかないで、元気にやってください。無駄な心配ですかね。これからの更なる活躍を祈ってます。私が祈らなくても、幸村くんは大丈夫だけど。さようなら。






封筒を開けると、柔らかい春の匂いがした。きっと、もう彼女は春なのだろう。きっと、馬鹿みたいに晴れ渡った空が続く下で、そしてきっと、その青空の下で彼女は笑ってるのだろう。
別に、昔の話だった。彼女の名前をみるまで、彼女について考えることも、もうなかった。たまに、雨の降る日の空の音が、あの日、俺に対して沢山の涙を流して叫んだ彼女に重なるだけだった。

もっと早く、この手紙に気づいていたとしても、何もないだろう。彼女は思い出の中で生きるのだ。ただ、今日のこの場所は、時間がないようだから、いつもよりも多く思い出されるのだ。話がまとめられない彼女の拙い手紙も、なかなか要領を得ないところも変わってなくて、俺が覚えてる彼女はいるのに、でも知っている彼女はもう、いなくなる。思い出だ、ただそれだけだ。彼女の、声も、指も、髪も、笑顔も。俺はただいつも、なくしていきるだけだ。


「苗字、名前」


名前だって、きっと、いつかは。(柔らかい響きが好きだったなんてもう今更言えやしないじゃないか、馬鹿)



春よ、然様なら。



20090318
20100620加筆、修正

この話は結構気に入っている話でした。学生のころにきちんと消化できなかった恋心(片思いだとか憧れだとか、まだ好きなのに子供故に別れてしまうとか)って、いつまでも消えないで心にしこりみたく残ってて、いつまでも綺麗なままなんだなぁ、と。それでも時間はすぎてくねっていうお話(まとまらん)。
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