彼女のうなじはとても綺麗だ。白くてきめ細やかで、ちいさな骨のでこぼこは世の中の綺麗をそこに集めたみたいだ。彼女のうなじを見ているのはとても好きだ。だけれども、それには限度ってものがあるわけで、もう俺はかれこれ1時間以上もただ彼女のうなじを見ているとなるとそりゃ退屈だってする。たまの休みに俺の家に遊びにきたまではいいものを、彼女は今ちょっと大事な決め事をメールでしてると言い出した。別に構わないと気軽に承諾したけれど、そのメールは随分と長引いて、彼女はずっと携帯電話の画面とにらめっこというわけだ。途中であまりにも放っておかれてるのもなんだからとカーペットに座ってテレビを見ていた俺の膝の上に彼女を呼び寄せたけれども、それでも現状は変わらない。むしろ、余計にむなしくなった。



「なぁ、名前」

「んー」

「まだ終わらんの」

「もうちょっと、なかなか決まらなくて」



彼女はこちらを振り向きもせずに答えた。さらさらと開け放った窓から吹く風になびく髪の毛は柔らかい匂いを鼻先に掠めた。それにつられてメールなんかいいからこっち向けよ、なんて言葉がうっかり口を出そうになった。



「なぁ、なんのメール?」

「んー、クラス会の幹事だからいろいろやってるんだけどねー」

「うん」

「意見が色々分かれてしまいましてねぇ」



うーん、と悩みながらも彼女の視線は携帯電話の画面。お腹をぎゅっと抱きしめて肩に顎をのせてみた。すこし悪い気がするけど携帯の画面を盗みみた。予感は当たるもので、メールの相手は男で、なかなか決まらないのは男がお前と話したいから無理矢理決まらなくしてるんじゃないかとか思ってしまう。そもそも、クラス会っていうのはみんな盛り上がってる場所に男女でいくわけだから言ってしまうと本当に気が進まないのだ。
そう思っているだけで、言葉には出さない。だしたらきっと、相当…うざい男じゃ、俺。


彼女の頭に頭を寄せるとシャンプーの匂いが深くに染み込んだ。クラス会って俺はあんまり好かんから行かんが、きっと普段とは違う場で会うと妙に盛り上がるものだ。テニス部の連中とどっかで行くのと同じように。飲んだり食べたり、カラオケとか行くんじゃろ、どうせ。みんなで楽しい気持ちになって。そうしたらきっと、この子は可愛いから変な男に言い寄られるのではないだろうか。普段から気になってた、とかなんとか。だって中学の頃から彼女はどびきり可愛いのだ。決して派手なタイプではないが、面倒見がよくて笑顔がふにゃりと蕩けるように可愛い彼女の魅力は、分かるものには、わかってしまう。堪らなく愛らしい女の子だ。中学の時から、彼女に好感を抱く男は少なくない。高校に入ってからやっとの思いで手に入れた前も後も、そういう男どもにちょっとばかり思い知らせてやったりもしてきた。それは、まあ、置いておいて。
とにかく、彼女は可愛いのだ。放っておけない、中学のときから可愛いが、高校に入ったら今まで甘い蜜を密やかに溜め込んでいた蕾が花を開くように大人びた美しさが見えかくれするようにもなった。それもまた、分かる人にしかわからないような、物静かな美しさだ。別に、彼女だからという、贔屓目ではない。それも、日に日に、綺麗な、大人になっているのだから、尚更。クラス会とか、本当は行ってほしくないんだ。ただでさえ、クラスが違う今の高校でも、気が気じゃ、ないのに。だが、クラス会行くな、なんて、束縛の激しいダメ男の典型なわけだから、言わなんけど。本当。頭を抱えてしまう、俺だけの女の子なのに、現実にはそうならない。腕の中にいるのに、今は他の男とメールではあるけど、喋ってるとか、許せん、が。言えない、ジレンマ。

ふいに、名前は携帯を閉じて机に放った。あれ、終わったんか?決まったんか?なんて聞く前に彼女がズルズルと背後にいる俺に体重を預けてきた。彼女の後頭部が俺の肩に乗っかった。



「どうしたんじゃ」

「んー、なんかもう、」

「うん」

「面倒になっちゃった」



ふふふと笑う彼女。身体をゆっくり反転させては今度は俺と向き合う形。



「決まったん」

「決まってないよ、もう保留」

「いいんか、急ぎなんじゃないのか?」

「だってさ、折角仁王くんといるのにさ」



バイトだからって言ってメールやめちゃった。そして彼女は俺の唇にキスをした。
めちゃくちゃにやけそうになるし手は彼女の腰を思わず撫でそうになったけど、でもさっきまでずっと放っておかれたことをすぐに思い出してやめた。俺は不機嫌だし、彼女の困った顔もみてやりたいっていう思いがあったからだ。俺が少し顔を背けたら、案の定、名前の眉尻は下がってしまった。


「ねーえ、仁王くん」

「なに」

「怒ってる?」

「別に」

「じゃあ、心配?」

「別に」

「寂しいの?」

「別に」


彼女のちいさな手の平が俺の頬をとらえて、視線が合わさった。困ったように笑う君はとても可愛いくてどうにかしてしまいそうだ、全く。彼女の顔が近づいて、鼻先どうしが合わさった。



「本当はね、クラス会してる時間だって仁王くんと会っていたいのよ」




そして彼女はもう一度キスをした。だけど、ごめんねってつぶやく彼女の目はとても愛しいんだ。




言わせてくれない



ペテン師とか言われとっても、もう、この子の前じゃ、ただの男じゃなぁ。そうされれば、俺がなんも言えないことだって、全部分かってるんだろう。
そして俺はさっきの不機嫌なんかすぐに忘れて彼女の唇にキスをする。

20090601
20100613 加筆、修正
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テーマ「人外ファンタジー」
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