いつか仁王くんが言っていた言葉を思い出した、「柳生は自分を作ってる」。なにをまさかそんなことを、と思った。彼は生まれついての柔らかで丁寧な物腰、まさに紳士という肩書の相応しい人物で。私は彼のそんなところが好きだったし、彼も私のことを好いてくれて彼と私は所謂恋人同士だった。私も私なりに彼を理解しているつもりだったし、彼の優しい手の平が私の頭を撫でてくれるその感触は私の中を温かく満たしてくれるかのようだった。
友人も教師も一目置くような彼は、品行方正を絵に描いたような、まさに、私には過ぎた彼氏だったかも、しれない。だが、どうだろう。今、私の目の前にいるのは、はたして私が理解していた(していたと、思っていた)彼、柳生くんその人なのであろうか。


「し、黙りなさい、聞かれてしまいますよ」


それとも、その方がお好みですか?と、いつもとなんら変わりのない口調ながらも、どこかサディスティックな響きを孕んだ言葉が耳元に落とされた。
手は絡めるように握られて、更にそれを私の背中にぴたりとくっついている壁に押し付けられている。嗜虐的な笑みを形よく浮かべると、その唇は何度も私の唇に重なった。否、重なるという表現では些か語弊があるだろう。貪られる、なんて欲にまみれた表現がぴったりだ、きっと。
柳生くんに押し付けられて壁に溶けてしまいそうなほどくっついて、とろけそうな乱暴なキスを受ける。私は、彼の、触れるだけの慈しみのキスしかしらなかった、のに。口の回りがべちょべちょだ。息が出来なくて、唇が離れた一瞬の隙間に必死に吸えど、くらくらするのは直らない。



普段は七三に綺麗に整えられた彼の髪型はハラハラと崩れていた。咥内を掻き回すようなキスをするたびに眼鏡のフレームが当たって少し痛い。いっぱいいっぱいで閉じてしまう目、頑張って薄目を開けると、彼の目も苦しくて熱くてどうしようもない私を見るためなのか少し開いていた。目と目が合うと、意地悪そうに細められる。瞬間、ぞくっとお腹が震えた。

変わらず壁にくっつけられたまま、唇だけが離れた。



「…あなた、誰、なの」



言葉は自分で思ったよりも途切れ途切れで上手く空気を震わせたか分からない。私がシャツを引っ張った所為で着崩れた身嗜みを整えて、唾液で濡れた口許を拭いながら彼は心底楽しいと言ったように笑う。


「貴女もご存知でしょう」

「でも、柳生くんは、」


私の知ってる柳生くんは。続けようとした言葉を彼は人差し指で制した。垂れた彼の前髪が目にかかり、眼鏡越しの鋭い眼光を見え隠れさせた。


「こんな私はお嫌いですか」


唇が今にも触れそうな距離。
私が好きになった柳生くんは私に不用意に触れようとしない、まるでなにかの壊れものように扱ってくれた。そんな柳生くんは、今は私の前にはいない。酷く甘やかな空気も、誰からも一目置かれる非の打ち所もない態度も、真面目と言われる雰囲気も、なにもかも。私が好きになった柳生くんはどこにもいないのだ。

けれど、眼鏡の奥にギラギラと熱い情欲を孕んだ視線も、意地悪く歪められた唇も、強引な指先からも、どうしても私は目を逸らせない、逃げられない。そして、過剰な自信に溢れた仕種にどことなく寂しげな陰を感じた。真っさらな布に落ちたような影を。


「…嫌い?」

「ううん、嫌いじゃない」

「じゃあ、どう」

「…好き」


そう私が言うと、笑った彼の片隅にいつもの柳生くんの破片を見た。どうしようもなくドキドキした。気がついたら私は彼の首に手を回して、普段はしないような貪欲なキスをしていた。


「皆さんには、内緒ですよ」



裏か表か
(どちらが裏でどちらが表か)



ネタネタ!
本性を隠す柳生くんに萌える。そしてそれを唯一女の子にだけあかせるのです。
仁王くんには自然に素になっていて、テニス部っ子たちはなんとなくではあるけど柳生の二面性に気がついてる。
でも紳士の姿は偽物なわけでもなくて、どっちも柳生くんなのであった。みたいなそんな。
20100723
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