彼女が泊りに来た今日、丁度何となしにつけたテレビに怖い話の短編集みたいな番組が流れた。定番の夏の特番だった。それはどこかで見たり聞いたことのあるような話ばかりだったし、映像の演出も効果も、おまけに役者の演技もどこかちゃちでまるでままごとのようだった。怖いのこの字すら浮かばない。

だが、彼女はどうやら違うようで、終始無言で固唾を飲んで画面を見つめていた。怖い話を怖がるくせに、興味本意で見てしまう、典型的タイプだった。
1時間の放送時間を終え、テレビが保険のCMを流し始めたころに、テレビを消した。彼女は液晶が黒く染まっても、固まってしまってしゃべらなかった。

「どうしたんですか、びびってるんですか」

「び、びびってないし!」

「ふーん、じゃ、俺今からキッチン行きますけど」

「え、や、やだ!」

「…別に飲み物取りにいくだけですけど」

「わ、私も行く!」


そんなこんなで俺の部屋(離れの2階にある)からふたりして出た。たかだか母家のキッチンに行く程度なのに彼女はぴったりと日吉にくっついて離れない。まるでペットか小さい子供かなにかのようで、少し笑ってしまった。俺を頼るその様子が意地らしくて弱々しくて、可愛い。ちくしょう、作戦か、作戦なのか。


古い日本家屋の俺の家の階段は薄暗く、階下が深い沼のようにも見えた。
なぜか怖い話(内容はアレだったが)をみた所為か、空気が重苦しい気がした。こういうのは大抵の場合はこちらの気のせいなんだが。ぬるりとした夏の湿った風がどこからか吹いて肌を舐めた。ふたりとも口を閉ざすと、息遣いと足音が奇妙なくらいに浮かび上がった。
彼女は震えている。彼女が俺の腕にぎゅっと縋るもんだから、簡単に伝わった。すると急に、むずむずと嗜虐心とも言うべく悪戯な心が首をもたげたことに俺は気がついた。たかだか、飲み物を取りにいく数分ですら離れられない彼女に、どうしようもなく口の端が上がってしまうのだ。

喜びに上擦りそうになる声を落ち着けて、(落ち付け、落ち付くんだ、俺)表情を読まれないように彼女に掴まれていないほうの手で口許を覆った。


「そういえば、」

「え」

「兄さんが言ってたんですよ、」

「…なにを」

「ここの階段、の、段数が」

「えええ、な、なにそれ」


案の定、食いついた。怖いもの見たさの精神も、ここまでくれば清々しいものもある。今だって怖くて震えているくせに、興味を示すのだから。


「段数がね…」

「…う、うん」

「普段は12段なんですけど、ふとしたときに数えながらのぼると…」

「あああ、ちょ、ちょっと、待って…!」

「…、聞きたいんですか」

「聞き、たい、けど、聞きたくない、けど、聞きたい」

「どっちですか」

「…聞きたい、です」

「じゃあ耳覆わないでくださいよ」

「…いや、」

「…塞いでても聞こえてるじゃないですか、全然」

「聞こえてないもん」

「じゃあ、この階段ですがね、まず床の軋む音が「ややややめてやっぱだめひよ!」


全く可愛い人だ。なんなんだこの涙ぐんだ目は!辺りは薄暗いっていうのにキラキラ光ってる。俺は目ざとく気がついてしまう。なんだこの場合にのみ発揮する異常な視力は。
そんなことを俺が思ってるなんて、彼女は知らないだろう。全て出鱈目な作り話にこうも反応するなんて。
自分が予想した通りの表情を作り出す彼女に。でも、予想した通りなんだがそれよりも遥かに男の加護欲やら、いただけない欲望までを掻き乱す彼女に、幽霊や怪談話よりも恐ろしさを感じた。


「あんたの方がよっぽど怖い」

気がついたら口から言葉が漏れた。そんな反応をされたらますます愛しくなる、そんな裏側の感情を隠しすぎた伝わらない、一方的な言葉に彼女はあからさまに肩を落とした。


「…わ、私、そんなに今酷い顔?確かに成る程、ノーメイク…」

「…鈍感だなあんたは」

「なにが!」

「別にいいです」



そんな風に落ち込む様子すら目が離せないほどなのは末期だろうか、末期だな。俺はアンタの方が幽霊なんかよりもよっぽど怖い。だって人の魂を抜き取ってしまうじゃないか。先程よりも強く握った手に、じんわりと汗ばんだ。


「まあ、あんたは俺といれば、安心でしょう」


暗がり怖がりの彼女が、恥ずかしそうに笑うのを見て、たとえ幽霊にだってこの彼女の姿を見せてやりたくないって思うんだ。



夏の風物詩



日記ネタ改変バージョン。連載で怖い話をみるネタはやってるのでこちらに収納。
20100725
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