笑ったり、






「……お疲れ様です。キャプテン」

「…私はキミの主将じゃないんだけど?」

…って、去年もこんなやりとりしたね。と笑う先輩の顔はなんだか晴れやかで、予想していなかったその表情を見た黒尾は少し面食らった。

ざわざわと喧騒の中で対面した二人は、人の出入りの激しいエントランスから避難しようと体育館の外へ出る。途中すれ違った部員へ二言三言指示を出した灯は黒尾を連れてすたすたと先へ進み、大きなピンクのマスコットキャラクターが見える階段の隅へ腰かけた。

「……良いんすか?出てきて」

「ん?大丈夫。荷物はもうまとめてあるし、みんな他の試合見てから帰るらしいから」

後輩がウシワカくん見たいって言ってたなぁと笑う灯は、って言うか黒尾くん私に用があったんじゃないの?と未だ隣に突っ立ったままの黒尾を見上げる。ぱちりと目を合わせた黒尾は、気まずそうに後頭部をかきながらのっそりと隣に座った。

「あー…、用っつーか、一言挨拶くらいと思いまして?」

「そう?私とおしゃべりしたいって顔に書いてあるように見えたけど?」

くすりと笑う灯の言葉は当たっていて、黒尾はギクリと口元をひきつらせる。わかりやすすぎる反応をする後輩に吹き出した灯は、黒尾から顔を逸らしてしばらく笑い続けていた。



「…灯サン、めっちゃ元気じゃないすか…」

「ふふ、そうね。もしかしてまた励ましに来てくれたの?」

去年…いや、もう年を越してしまったので一昨年か。春高予選で敗退した灯の元に現れた黒尾を思い出して尋ねると、ふいと目を逸らされたので肯定ととらえた。まったく、不器用で可愛くて…優しい後輩だ。

「………余計な心配でしたね、」

「そう?私は黒尾くんが来てくれただけで嬉しいけど?」

にっこりと笑って黒尾を見上げる彼女に、本当に励ましは必要ないらしい。去年の、今にも壊れてしまいそうな背中を見るよりは良いことだけれど、本当に、悔しいとか、もっとこのチームで…とか、思い残すことはないのだろうか。飄々とした態度をくずさない彼女が、見栄をはって無理をしていないかとじっと見定める黒尾の言いたいことが手に取るようにわかってしまった灯は、優しい後輩の背中をぽんぽんと叩いた。

「うーん…そうだなぁ…。全然悔しくない。って言ったらウソになるし、もちろんこのチームで優勝まで行けるのが理想だったよ」

けれど、誰しもがずっと勝ち続けられるわけでもなく、勝ち進めば進むほどより敵は強くなるし、必ずどこかで、誰かが負ける。勝負とは、挑み続けることとはそうゆうものであるし、負けたからこそ得られる経験値もある。

「なんかこう……うーん……。いや、なんて言って良いかよくわかんないんだけどさ」

「…わかんねぇんすか」

「ふふ、うん。わかんないけど……私の高校3年間のバレーに悔いはない。それだけは、はっきりしてる」

朗らかに笑った灯に、黒尾はそっすか。と前を見据える。キミも多分来年になったらわかるかもしれないね。と言って先輩ぶるたかだか一つ上の彼女の態度がちょっと面白くなくてむくれる黒尾に気付かない灯は、あ!と何かを思い出したように手を叩いて、ごそごそとジャージのポケットをあさった。


「はいこれ」

「…ん?」

「キミにあげる」

ぽん、と黒尾の手に乗せられたのは赤地に金糸で必勝祈願と刺繍されている御守りで、お正月に部員みんなで初詣に行って買ったのだという。

「これで、予選あたりまでの君たちの勝ちは保証するから!」

「ふっ、どうせなら優勝まで保証してくださいよ」

「ええ〜?そこはちゃんと実力で勝ち進んでちょうだいよ」

全国制覇が目標なんでしょ?と微笑む灯は、入部したてで黒尾たちが掲げた目標をずっと応援し続けてくれている。彼女の目標も、同じであったから。

「…大丈夫。きっと勝てるよ」

「……じゃあ、勝つんで。…ちゃんと見ててもらえます?」

「……うん、わかった。ちゃんと見に来るね」

ぐっと御守りを握りしめた黒尾の右手を、灯はそっと両手で包んで想いを込めた。






笑ったり、
託されたり、






.


  
- ナノ -