黒尾



「っとに、可愛くねぇな!」
「…っ!」

言葉が音になって、あ、これは今一番言ってはいけないセリフだったと気付いても、もう遅かった。
黒尾の言葉にはっと目を見開いた彼女は、いつもなら黒尾に可愛いとか思われても嬉しくない!なんて言い返してくるくせに、今日に限ってぶわりと目に涙をためて、それを溢すまいと眉間にぎゅっと力を込めて、でも抑えきれなかったそれを一滴ここに残して走り出すから、黒尾はそれを呆然と見送ってしまった。
少し早起きして気合いを入れてメイクをしてみたんだ、という顔をごしごしと擦って、ついさっき友人に丁寧に整えてもらった髪を振り乱して小さくなっていく背中はとても痛々しくて、あぁもう、なんで、こんな日まで素直になれねぇかなと、黒尾は頭をがしがしとかいた。

今日は、あの子の誕生日で、いつもは素直になれないお口を封印して、誕生日おめでとうって伝えて、ちょっとしたプレゼントも用意したのに、朝教室に着くといつもより一層可愛くなった彼女に出迎えられて、黒尾の脳内で必死に考えていたセリフは全部どこかへ飛んでいった。だから、なんて言い訳にもならないけど、少し恥ずかしそうに挨拶してきた彼女に、いつものように挨拶と一緒に憎まれ口を叩いて、それに応戦してきた彼女といつもの言い合いが始まって、だけど、今日は、可愛くないなんて1ミリも思っていないこと、口に出すはずではなかったのに。

呆然とそこに突っ立ったままの黒尾に、強烈なローキックとクラスメイトからの鋭い視線が刺さって、黒尾ははっと我に返る。そうだ、とりあえず今は、アイツを追いかけなければ。目を覚まさせてくれた夜久に一言だけ礼を告げて、黒尾は廊下へ飛び出した。



――――――



屋上へと続く細い階段。人気のないそこは黒尾と彼女がときどき一緒にお弁当を食べる場所で、やっぱりここだった、と彼女を見つけた黒尾は、ゆっくりと彼女が座る階段の一段下に腰掛けた。
彼女がすんすんと鼻を鳴らす音だけが響いている空間に、黒尾が大きく深呼吸する音が加わって、それからべちん!と頬を叩く音に彼女の肩がぴくりとゆれる。頬を叩いた手でそのままがしがしと頭をかいた黒尾は、…ごめん、とぽつりと口にした。

「…なにが」
「…可愛くねぇとか、思ってもないこと言った」
「…いいよ無理しなくて。どうせ、私可愛くないし」
「………かわいいよ、」
「…は?」
「お前は、ずっと…かわいいよ」
「く、くろお…?」


「だってお前は、俺にとって、一番可愛くて、大事にしたい女の子だから」


ひゅっと彼女の息を飲む音がして、黒尾はゆっくりと振り返る。メイクも落ちてぐずぐずで、目元は真っ赤で、ゆるく巻いてあった髪はほとんど元に戻っていて、あぁ、こんなに泣かせてしまうなんて…と眉を寄せる黒尾と目が合った彼女は、うそだ…。とまた目に涙を溜める。

「そんな、だって私、今だってこんな、ぼろぼろだし、いつも黒尾と言い合いになっちゃうし、ひねくれたこと、ばっかり言うし、」
「うん…でも、それ俺も一緒だから」
「…黒尾と、もっと、普通におしゃべりしたいのに、すぐ、憎まれ口叩いちゃうし、」

ぼろぼろと再び零れる涙に、黒尾はそっと手を伸ばす。おそるおそる彼女の頬に触れて、そこを濡らす涙を丁寧に拭って、その手から彼女が逃げなかったことに、そっと安堵の息を吐く。

「…ホントは今日、お前の誕生日だし、ちゃんとおめでとうって言うつもりだった」
「えっ、」
「いつも、意地の悪いことばっか言ってごめんな。……誕生日おめでとう。生まれて来てくれてありがとう」

頬にある黒尾の大きな手に触れて、くしゃりと顔を歪めて泣き出した彼女も、やっぱり可愛くて愛しくて、黒尾は胸に飛び込んできた彼女をぎゅうっと抱き締めた。










お誕生日おめでとう!




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