ふたり見る夢

悪夢に魘され目が覚めた。内容を思い出せないにもかかわらず、恐怖を感じていたことだけは鮮明に記憶されている。未だに恐怖を引き摺った心臓が、大きく音を立てている。
徐々に暗闇に慣れてきた目で視線を隣に移した。黒く艶やかな髪を散らして、彼は静かに呼吸をしている。
「ヴィンセント、」
眠りを妨げないよう小さく名前を呼んだ。彼は一度微かに眉を動かしたが、浅い呼吸を繰り返し、深い眠りについているようだった。

悪夢を見ていた、と彼は言っていた。終わりのない世界で、ただ独り悪夢を見続けていたのだと、出会って間もない彼は顔を歪めて話していた。暗闇の中に閉じ籠り、己を痛め付け、苦しめるだけの永遠の時間など、きっと誰にも想像がつかない。
その彼がこうして布団に身体を預け、自分と隣り合って、穏やかな表情で眠りについている。悪夢に魘されることなく、静かな寝息を洩らしている。
「……」
先程見た悪夢の恐怖を紛らわすためか、或いは彼への愛しさからか、寝具に投げ出された彼の左手をそっと撫でた。力の入っていないその手は、昼間よりも熱を帯び、どんな時よりも無防備だった。
「……ヴィンセント」
やや骨ばった手の甲に触れ、細く長い指にゆっくりと手を絡ませた。返事をするかのように時折揺れる髪をじっと見つめながら、慈しむように指をなぞった。
「もう、大丈夫だよ」
先程までの恐怖心が消えたと、夢の中の彼に伝えた。同時に、彼がかつて身を投じていた悪夢はもう存在しないのだと、彼を慰撫してそう言った。

「起きたのか」
思うままに触れていた手が、徐に握り締められた。掠れた低い声が空気を震わせる。起こしてしまったことへの申し訳なさを感じたが、それを口にするよりも先に、問題ない、と彼は言葉を続けた。
先程まで自分が彼にしていたように、彼もまたこちらの手の甲をそっとなぞった。覚醒しきっていないのか、いつものような力強さはない。
「どうした」
それでも自分を第一に気遣う言葉に、手を取られたまま彼を見つめた。理由なく目が覚めたとは思っていないらしい。僅かな行動の差異でさえ、彼は敏感に感じ取る。
「少し、怖い夢を見ちゃったみたい。でも、もう大丈夫」
何でもないようにそう言ったが、彼の方は至って真剣な視線を送っている。彼にとっての悪夢というものが、それだけ深く刻み込まれているのかもしれない。

「終わらない悪夢はない」
こちらの手を包むように握り締めながら、視線を合わせてそう言った。彼もまた、彼自身のことを思い返しながら言葉を紡いでいるようだった。
「お前が私の悪夢を終わらせたように、私も」
珍しく言葉を詰まらせたかと思えば、握り締められていた手は解かれ、指を絡め取るようにして繋がれる。彼の体温が乗り移ったように、触れた先から身体が熱くなってゆく。
暫しの沈黙が流れた。瞬きをする音さえ聞こえてしまいそうなほど近くで、互いの指を交差しながら熱を移し合う。
「同じ夢を見られる」
その一見わかりにくい微笑みが、彼の内心を表しているように見えた。
「どんな夢がいいかな」
「どんな夢でも」
いつしか二人で口元を綻ばせながら、指を絡ませ合って真っ白な寝具に沈んだ。


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