意思を継ぐ者

「イリス、イリス! ねえ、イリスってば!」

「……まだ息はある」

彼女が事実を告げたことで、皆は驚愕と共に不安を募らせていた。あんな風に泣きじゃくり、取り乱した様子の彼女を、かつて見たことがなかった。それだけに、彼女の紡いだ言葉の重みがのしかかる。

一体いつから、あの言葉を考えていたのだろうか。一体どれほどの間、恐怖に耐えていたのだろうか。そんなことを考えれば考えるほど胸が痛む。

息はあると、そう言ったヴィンセントだったが、彼も相当動揺しているようだった。

努めて冷静を装っているのだろうが、彼の瞳はいつも以上に険しく、そして鋭く光り、目の前で横になっている彼女の頬を慈しむようにそっと撫でた。

「……」

先日は高熱を出していたかと思えば、今はその体温が低くなっていることにぎょっとしてしまう。かろうじて浅い呼吸をしていることで、彼女がまだ生きているとわかる。

「セフィロスは近いと、そう言っていた」

「あ、ああ……でも、」

「決戦の時だ、クラウド」

彼女を抱きかかえていたヴィンセントだったが、今度は彼女を背負い、先へ進もうと提言した。未だに動揺をしたままの皆を動かせるのは、この瞬間には彼しかいなかった。

「イリスも連れて行くの……?」

「ああ、連れて行く。そう彼女と約束した」

淡々と受け答えをしている彼だったが、その心情は察するに余りある。セフィロスとの戦いを目前に控えて、愛する彼女がこのような状態になってしまったのだ。

「でも、セフィロスに近付いたらまた……」

「イリスに二度、懇願された。セフィロスの元へと連れて行ってほしいと、置いていかないでほしいと、そう言われたのだ。……皆も彼女の意思を、汲んでやってくれないか……頼む」

彼がこんな風に頼み事をしたのは、これが初めてのことだった。それが他でもない、イリスのための頼みなのかと思うと、また皆の心にせり上がって来るものがあった。

「わかんない、アタシわかんないよ! だってセフィロスに近付いたら体調悪くなるんだろ、今だって……それなのに連れてくの!?」

「ユフィ……、イリスが望んだことだよ。それに、ここまでだって自分の意思で来たんだって、さっきもそう言ってたよ」

未だ取り乱したままのユフィには、レッド]Vの声も届いているのかわからなかった。全員の心に、迷いが生じ始めている。

「クラウド」

「……」

静寂を破ったのはやはり彼だった。背に抱えた彼女を一度見て、それから再度クラウドに向き直る。

「"星を救う本当の理由"を見付けろと、それを確認しろと、そう言った」

「あ、ああ……」

「私が星を救う理由はイリスにある。それは、ある意味皆も同じではないか……? 彼女は、皆の星を救う理由にはならないだろうか」

各自が思う、星を救う理由があるはずだった。だからこそ、こうしてまた再度集結し、全員でこの大空洞まで来たのだ。

その理由の中に、彼女の存在が少しでも含まれているならば、どうか星を救うことを最優先してほしいと、そう願っていた。

「星を救わなければ、イリスを救うこともできない。この場に彼女を独りで放っておくこともできない。今更私達だけが飛空艇に戻ることも、彼女は望んでいない」

だからどうか頼むと、彼女を背に抱えたまま、やや頭を下げた彼に、皆はもう納得する他なかった。彼女の意思を尊重することと、彼女の命を危険に曝すこととを天秤に掛けるなど、そんなことはしたくはなかった。

それでももう、決断しなければならない。彼女のためにも。

「……戻ったら、イリスにげんこつ食らわせてやるんだ……」

「もっと自分を大事にしなさいって、ビンタもしちゃおうかしら、」

「そうしてやってくれ」

全員が納得しきっていた訳ではなさそうだったが、彼女をセフィロスの元へ連れて行くことに、皆が同意を示し始めていた。

そうと決まれば、急ぐに越したことはないと、皆はばたばたと身支度を始める。焚いていた火を乱暴に踏み消し、武器を担ぎ、洞窟の最深部へと向かう準備をしている。

「聞いていたかイリス。後が怖いぞ」

肩口に顔を埋めている彼女に、からかうようにそっと声を掛けた。彼女は微動だにしなかったが、その髪がはらりと垂れたのが見えた。





その後の皆は、先程よりも一層戦闘力を上げたようだった。あの狭い袋小路での休息があったからなのか、或いは彼女のことを想い、内に秘めていた力が込み上げてきたのか。

迷路のように入り組んだ洞窟内を、奥へ奥へと進んで行った。襲い来るモンスターを薙ぎ払い、斬り込み、撃ち抜いた。ひたすら奥へ、深くへ、星の中心に向かって進み続けた。

「みんな、何か感じないか?」

「うん、すごく嫌な感じがする」

「流石のアタシでもわかるよ、このカンジ」

どれだけ歩き続けたのか、日の光も届かないこの場所で、時間の感覚さえなくなりかけていた時、ふとクラウドが立ち止まった。

彼に倣って辺りを警戒する皆も、これまでとは異なる違和感を覚えているようだった。

「あの奥か……?」

入り組んでいたはずの洞窟は、いつの間にかその道筋が少なくなってゆき、ついには巨大な大穴へと繋がる一本の道になっていた。思えばこの数十分間、モンスターとの遭遇もなかった。

これまで以上に慎重に、全員でその道を進む。行き止まった先で大口を開けている穴を覗き込み、そして皆に緊張が走った。

「ここが、星の中心……?」

「いよいよ、ね」

眩い光を発しているその穴の先がきっと、"星の中心"なのだろうと感じていた。光とは対照的に、邪悪な気配を漂わせている。その先に居るであろうセフィロスを感じ、皆の闘志が燃え上がる。

「よし……行こう、みんな」

「カーーーッ! だからよう、やめろっつっただろ、その気の抜けた言い方!」

その光の先に何が待ち構えているのか、誰も検討もつかなかった。不安と恐怖に心を支配されそうになっているところへ、またもやシドの怒鳴り声が聞こえる。

緊迫していた空気が一瞬とけて、ぽかんとした顔で彼を見る。

「こういう時は『行くぜ!』だって言ったろ! イリスにも聞こえるくれえ、でっけえ声でな!」

彼のいつもの声が、皆に多少の平常心をもたらしたようだった。

恐れることはない。この先に何が待ち構えていようとも、全員が一緒ならば大丈夫だと、そんな気概を込めていたようだった。彼はどこまでも素直になれないと、皆の表情が和らいですらいた。

「行くぜ!」

そうして一瞬笑みを見せたクラウドは、シドの言う通りに掛け声を発した。リーダーの力強い声を合図にして、皆が一斉にその光の中へと飛び込んだ。


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