悲しみの大地

久方ぶりに見た真っ白なその地は、以前と変わらず、耳が痛くなるほどの静けさを保っていた。生物も植物も、何もかもが息を潜めて、ただ時が経つのを待っているかのようだった。

「おお……ここは、確かに……」

また一人で皆の先を進むブーゲンハーゲンは、浮遊しながら都を見渡し、感嘆の声を漏らしている。彼は何かを感じ取ったのか、これだけ広い土地にもかかわらず、迷いなくどこかへ一直線に向かっていた。

「何かわかりそうなのか? って、おい!」

高低差や険しい道も物ともせずに進んでゆく彼に、またもや全員が置いてゆかれた。彼のように空を飛んで行くわけにもいかず、皆は道なりに、彼の向かった先へと歩みを進める。

またこの仲間と共に、この地に足を踏み入れることがあろうとは、きっと誰も予想していなかった。あの祭壇で彼女の最期を目にしてから、この地へ近付くことすら胸を締め付けていた。

「エアリス……」

「あの時のこと思い出しちゃうね……」

しんみりとした空気の中、全員は珍しくまとまって歩いていた。それぞれの悲しみを埋め合うように、いつも以上に距離を詰めている。そしてその場にいる全員が、今は亡き彼女のことを思いながら、真っ白な砂を踏み締めていた。



「エアリス……どんな気持ちであの祭壇にいたのかしら……」

歩きながら呟いたティファの言葉に、あの瞬間を思い出す。祈るようにして両手を握り合わせ、静かに目を閉じていた彼女の姿は、今でも鮮明に覚えている。何かに怯えるでもなく、むしろ穏やかな表情すら浮かべていた彼女の気持ちは、今となっては誰にもわからない。

「きっと命をかけてこの星を守ろうとしてたんじゃないの、か……」

そう言ったクラウドの眉はぐっとひそめられ、込み上げてくる感情を押し殺そうとしているようだった。命をかけてこの星を守ろうとしていたという、その考えに共感できる部分も少なからずある。

しかし、本当にそうなのだろうかと、胸の内で疑問が湧き上がる。本当に彼女は、死を覚悟してあの場にいたのだろうか。

「私は……少し、ちがうような気がします」

そう小さく言葉にすれば、やや目を見開いたティファと視線がぶつかる。

「私も、私もそんな気がしてたよ……! エアリスはきっと死ぬことなんか考えてなくて、ちゃんと帰ってくるつもりだったんじゃないかなって」

──私が帰ってくるまで、預けておくから、ね?──

そう言って腕にはめられた腕輪は、結局今もこうして自分の腕で光っている。彼女に返す約束は果たされなかった。

──全部終わったらまた、ね?──

またねと言って身を翻した彼女の後ろ姿は、初めて見たセフィロスの後ろ姿と重なった。自分を置いていかないでくれと、泣きながら懇願していた。全部終わったら、その全部とは一体何を指していたのだろう。

「私、エアリスさんと約束したんです……帰ってくるまで預けておくからって、この腕輪を……」

あの時の、夢とも現実ともつかない会話を思い出しながら、彼女に託された腕輪に触れた。銀色に光るそれは、白の大地でより一層輝いて見える。

今思えば、やはりあれは夢ではなく現実に行われた会話だったのかもしれない。そうでなければ、彼女の腕輪がここにあるはずもない。或いは、眠りについている間にこっそりと渡され、夢で彼女と会話をしたのかもしれない。

どちらにしても、彼女との最後の会話は、どれも忘れることのできない大切な思い出となって、いつも心の中で自分を支えている。

「全部終わったらまたねって、そういわれたんです。エアリスさんはきっと、帰ってくるつもりだったんだと……おもいます」

思っていることを全て口にし終えると、息が乱れ咳込んでしまう。すかさず背中を撫でる彼に支えられながら、それでも足を止めることはしなかった。

「うん、イリスの言う通りだと思うな。……だってエアリス、よく言ってたもの。また、次は、今度は、って。エアリスは他の誰よりも"明日"のことを話してた」

「アタシらには言わなかったけどさ、きっと大変だったと思うよ……」

彼女との会話を思い返しながら話す女性陣の会話に、他の皆も同じ思いを抱き始めていた。エアリスはまた戻ってくるつもりでいたのではないか、ここで命を落とすつもりなどなかったのではないか。

「エアリスは"明日"も"未来"も、誰よりも楽しみにしてたと思うの……きっとたくさん夢があったんだと思う」

だからこそ、彼女の明日と未来と、その夢を奪ったセフィロスが憎い。何故彼女を殺めたのか、もう彼のことを許すことは、自分にはできない気がしてしまう。彼女が命を落としたこの地で、彼女のことを思い返すほどに、セフィロスという存在がひどく憎いものに感じられてしまう。

閉じ込められていた自分を救い出し、着るものを与え、食べるものを与え、介抱し、そして口付けた、そんな彼はもう心の中からも消え去ってしまいそうになっていた。

「エアリスの想いは俺達が受け継ぐ」

背中に担いだ大剣の柄を握り締め、クラウドはそう宣言した。残された自分達にできることをするのだと、皆は先よりも力強い足取りで歩いていった。



「こんな場所があったのか」

「不思議な場所ね」

エアリスを思い返しながら歩き続け、やっとブーゲンハーゲンに辿り着いた先には、円形の巨大な空間が広がっていた。中央には狭い足場と小さな祭壇があるのみで、その周囲は高い壁で囲まれている。

「この部屋に渦巻いている古代種の意識は、たった一つのことを訴えているのじゃ……星の危機が迫っている、とな」

祭壇の近くで浮かんでいる彼は、皆が追い付いたことを確認するなりそう口を開いた。彼はこの空間に漂う不思議なものの正体を、皆よりも少しばかり敏感に感じ取れているらしい。

「人の力でも、終わりのない時間の力でも、どうにもできない程の星の危機……その時が訪れたならばホーリーを求めよ、とな」

「"ホーリーを求めよ"……?」

いつも以上に難しい言い回しをする彼に首を捻る。広くない足場で、どういうことだと、皆が疑問を口にした。

「究極の白魔法ホーリー、メテオと対をなす魔法じゃ。メテオからこの星を守る最後の望み、ホーリーを求める心が星に届けば、"それ"は現れる」

「もう少し俺達にもわかるように言ってくれないか……求めるとか現れるとか、つまりそれはどういうことなんだ……?」

ずっと祭壇を見つめていたブーゲンハーゲンは、困惑したクラウドの声に、やっと皆の方を振り返った。その目は穏やかに光り、落ち着かせるようにゆっくりと全員を見渡している。

「ホーホーホウ、メテオもウェポンも全て消えてなくなるじゃろう」

「最強じゃねえか! ほーりーってのを唱えたらいいんだな!?」

後方で歓喜して叫んだバレットだったが、ブーゲンハーゲンは首を横に振っていた。どうやらそう単純な話ではないらしい。

「他にも何かあるってことか」

「全て消えてなくなるんじゃ。もしかしたら儂らもな」

「俺達も!?」

メテオを消滅させることのできる最後の手段が、自分達人間をも消滅させる可能性を含んでいる。その事実をどう受け入れたらよいのかわからず、皆は驚愕し、絶望し、そして困惑もしていた。

メテオが衝突すればこの星は消えてしまう。メテオの衝突を阻止するためにホーリーを求めれば、メテオだけでなく人間も消える可能性がある。

どうしようもないジレンマに陥り、仲間は無意識に、先程よりも更にぐっと距離を詰めていた。


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