最善の選択

『パスコード確認 ロックを解除します』

「やったぜ!!」

「危なかった〜!!」

ヒュージマテリアを保存していたガラスケースは、ロック解除の音声と共にガチャリと音を立てた。内側に嵌め込まれていた鍵が外れ、天蓋がゆっくりと開く。

「やっぱ、俺様のすんばらしいアドバイスがものを言ったな!」

「あんな適当なアドバイスがあるか」

シドの曖昧な記憶を頼りに、苦戦しながらもロックを解除できたことで皆には安堵が広がっていた。ヒュージマテリアを無事に回収し、ユフィは目を輝かせて満足そうに飛び跳ねている。

「さっさとずらかろうぜ、うかうかしてたら俺達までメテオにどっかんだ」

「そうだな」

脱出ポッドへ向かうべく皆が扉へ足を向けた時、扉の前でうずくまるイリスと、彼女を支えるようにして床に膝をついているヴィンセントが目に入った。ぐったりとした様子の彼女に、先程までの興奮が瞬時に引いてゆく。

「ちょ、イリスまたヤバいの?」

「あ、ああ……」

彼女が時折体調不良に襲われることは、既に周知のこととなっていた。心配をしながらも、彼女を安静にさせていれば自然と回復することも、これまでの経験からわかってもいた。

しかし、ヴィンセントは珍しく狼狽えるように返事をしている。彼女を支えながら、その目には不安の色が差していた。

「おい、大丈夫かヴィンセント」

「ああ……急ごう」

どこか落ち着かない様子で彼女を背負うと、先頭に立ち、脱出ポッドのある場所へと足早に歩き始めた。ぐったりと両腕を垂らして背負われている彼女は、息苦しそうに目を閉じていた。



「おい、大丈夫なのかよ」

「……イリスの様子がどこか違う。何かに怯えてもいた」

「いや、イリスもだけどよ、おめえのことだよヴィンセント」

先頭を歩くヴィンセントに、シドはいつになく真剣な表情で声を掛けた。まさか自分のことを心配されるなどとは思ってもいなかった、というように、彼は一瞬足を止める。

「……問題ない」

「おめえがしっかりしなきゃよお、イリスだって安心しておぶさってらんねえだろ。イリスはおめえを信頼してその命を預けてんだ」

シドは宇宙へ来てから、彼の中に眠っていた熱い想いが溢れ出しているかのようだった。本来ある彼の情熱が、宇宙という、彼にとっての憧れの場所によって更に増幅しているようでもあった。

そんな彼の言葉は、確かにヴィンセントの心に届いたようだった。一度深く息を吐き出すと、首をもたげて目を閉じたままのイリスを見やった。やはり苦しそうに眉をしかめ、身体中の力が抜け、体温が下がっているのがわかる。

「大丈夫だ」

「おう! ヴィンセントはいつもしっかりしててくんねえとな!」

一刻も早く彼女を安全な場所へと連れてゆきたいと、その思いは彼の赤い瞳に宿って深く輝いていた。

「そんじゃ、急いで脱出ポッドに……うお、今度はなんなんだ!」

「きゃあ!」

今度こそ脱出しようと全員が通路を走り始めたとき、突然ロケット内部から爆発音が聞こえた。大きな揺れこそ感じなかったものの、あちこちの機械が不穏な音を立てている。

「ヴィンセント、危ない!」

後方にいたレッド]Vの声が届くのと同時に、通路に取り付けられていたボンベが外れ、彼に倒れかかるのが見えた。イリスを背負った状態で瞬時に身動きがとれずにいる彼は、咄嗟に彼女をボンベから庇うように身体を反転させる。

「おい、ヴィンセント!」

シドがそう叫んだのを最後に、またロケット内には轟音が響き渡った。機械は煙を上げ、あちこちに繋がれた電気コードは発火し、辺りは焦げた匂いと咽るような煙に包まれた。



「けっ……チクショウ」

「シド……!」

やっと視界が明瞭になったとき、皆の目に映ったのは、壁際で受け身を取るようにするヴィンセントと、瓦礫に足を挟まれ身動きのとれなくなったシドの姿だった。

ヴィンセントはイリスを背負ったまま、シドに駆け寄り、瓦礫を動かそうとその手を伸ばす。しかし、大きな鉄がのしかかっている上に、小さな破片はシドの足に突き刺さってしまっている。並大抵の力では動かすことはできない。

「手を貸せ、クラウド」

「ああ、みんなも手伝ってくれ!」

後方にいた全員がシドを囲み、瓦礫を退かそうと必死に力を込める。その様子を、どこか他人事のように見ているシドは、悔しそうに眉をひそめながら声を荒らげる。

「おい、おめえら! 俺様にかまうな、さっさと行け!」

「仲間を見捨てる訳ないだろ」

「そんなこと言ってる場合かよ! 仲間だなんだって言ってる間になあ、全員でメテオにどっかんだぞ!」

どうにも動きそうにないその瓦礫を見て、彼は諦めたように声を漏らしていた。自分を見捨てて早く行けと、動かない足をじたばたさせながら叫んでいる。

ヒュージマテリアの回収に思いの外時間を要してしまい、ロケットがメテオに衝突するのは時間の問題だった。確かに彼の言う通り、瓦礫の撤去を諦め、彼を見捨てて脱出するべき状況なのかもしれない。

「私達が仲間を見捨てられると思うか?」

「だからよお、今はそんなこと言ってる時間はねえんだって!」

「見捨てなどしない。シドが私を、イリスを庇ったように、な」

ふっと目を細めて見つめるヴィンセントに、シドは頭を掻きながら視線を逸らした。

ボンベが倒れ、通路の壁ごと剥がれた時、それはイリスを背負ったヴィンセントめがけて倒れようとしていた。それを見たシドは、咄嗟に彼を突き飛ばし、自らが瓦礫の下敷きになっていた。

そんな彼を見捨てることなどできない。シドが二人を助けようとしたように、皆もシドを助けようとしている。そう語る目に、彼は気恥ずかしそうにまた手足をじたばたさせていた。

「オッサンも案外かっこいいことするじゃん」

「うるせえ……!」

庇ったことを全員の前で暴露するな、とヴィンセントを睨んでいたが、足の痛みが増してきたのか、喚くのをやめて静かになる。

「チッ、おめえらは馬鹿野郎だ、本物の馬鹿野郎共だぜ……」

剥がれ落ちた壁を見上げながら、どこか遠くを見るような目で彼は言葉を漏らしていた。彼が今何を思うのか、その全てが理解できなくとも、心の機微に触れながら、皆は瓦礫を持ち上げる。

「爆発したのは8番ボンベか……8番ボンベね……やっぱりイカレてやがったのか」

最初にロケット村を訪れた際、皆は、怒りをまき散らしながら歩く彼の足音を聞いた。ロケットの発射寸前まで最終点検をしていたあの女性を見捨てず、彼は発射停止ボタンを押したのだと、そのどうしようもない感情を彼女にぶつけていた。

「おい、そっちもっと上げてくれ!」

「みんな、もうちょっと……!」

「うぐぐぐ……ユフィちゃんの本気見せてやるよ……」

そんな彼が今、また仲間を見捨てず、そればかりか仲間を庇い、自らが瓦礫の下敷きになっている。あの時のことを思い返しながら、結局自分はあの頃と何も変わっていないのかと、そんなことを考えているような切なげな表情をしていた。

「シエラ……、確かにお前は正しかったぜ」

口角を上げて、降参したように笑う彼を初めて見た。まるでこれが最期になるかのような言葉に、皆は一層力を込める。

彼は何も間違っていないと、仲間を見捨てなかった選択を後悔する必要はないのだと、熱い彼に感化されたように、皆の胸も熱く揺れていた。


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