星の海

「うわっ」

「イリス……っ」

突然、立っていられないほどの揺れを全身に感じた。すかさず腕をのばして支えたヴィンセントもまた、両足に力を込めて辛うじて立っているようだった。

「なんだあ!? 何が起こってんだ!?」

「うひょ!」

全員が混乱する中、操縦席の目の前に大きく広がるスクリーンに、いつか見た小太りの男性が映し出された。

目を覚ましたあの日、神羅カンパニーからの脱出を阻んだ彼は、当時と変わらず「うひょひょ」と妙な笑いでこちらの様子を見ているようだった。

「げっ! アイツ紅茶にラード入れてたヤツじゃ……うっ……おえ……」

見ているだけでも気分が悪くなりそうな飲み物を飲んでいた彼を思い出し、揺れが大きくなるロケットと相俟って、ユフィはまた気持ち悪そうにうずくまった。

また自分の上で嘔吐されてはたまらないと、レッド]Vは彼女から逃げるように走り回っている。

「おいパルマー! てめえ、何しやがった!」

「オートパイロット装置修理完了だってさ、だから打ち上げだよ〜ん!」

「くっ、シエラの奴、なんで今日に限って仕事が早ぇんだよ!」

次第に強くなる揺れに、皆はパニックに陥りそうになっていた。

ロケットに乗り込んだのは、あくまでも神羅から奪還するためであり、宇宙へ行くためではない。何の心構えも出来ていないまま、振動もエンジン音も更に大きくなってゆく。

「クラウド、扉が開かない!」

「これは、俺達も宇宙に行くってことか……? いや、内側から解除できるんだろ?」

「だめだ、ビクともしねえ! 完全にロックされちまってるぜ」

「嘘だろ……」

シドは扉を開けようとボタンを押すが、どうやらそれもパルマーにより阻止されてしまっているようだった。ここから出られないことも、ロケットが打ち上げられるということも、突然の出来事に皆が不安を隠せずにいる。

「けっ! おい秒読みはどうした、気分が出ねえぞ!」

シドは一人、険しくもどこか期待に満ちた笑みを浮かべながら、睨むように画面を見ていた。

「うひょひょ、発射だよ〜ん」

嬉々として発射ボタンを押したパルマーの姿を最後に、画面に映し出されていた映像は途切れた。

斯くして全員が閉じ込められたまま、ロケットは凄まじい勢いで宇宙に向けて発射したのだった。



「うわあああ!」

「死ぬ! 死ぬって!」

「どこか掴まる所ないの!?」

先程までとは比べ物にならないほどの揺れと轟音が響いていた。構える間もなく突如発射したことで、今度こそ揺れに耐えきれず、皆はあちこちに身体をぶつけながら転がっていた。

「こっちだ、イリス」

「は、はい!」

彼もまた床に膝を付きながら、壁に取り付けられた機器に掴まっていた。ごろごろと床を転がりそうになっていたところへ、彼に引き寄せられ、その腕の中に閉じ込められる。

「何とかならねえのか、ええ!? シドさんよ!」

「うるせえ! いい加減に腹括りやがれ!」

阿鼻叫喚の中、シドは操縦席に座ったまま前方を見ていた。彼だけは、この状況を悲観的に捉えていないようだった。このロケットはオートパイロットだと知っていても尚、彼はハンドルから手を退けずに深呼吸をしている。

窓から見える景色は次から次へと変わり、真っ青な空を抜け、雲を飛び出し、段々と靄がかかったような白い風景を切り取っていた。



「……収まってきたみたいですね」

「そのようだ」

いつしか大気圏を突破し、外には黒の世界が広がっていた。緩やかな軌道を辿って、ロケットは再び目的地へ向けて進んでいるようだった。

腕の中から彼を見上げ、交わった視線に二人で安堵の息をついた。

「し、死ぬかと思った……」

酔いも覚めるほどに緊張していたらしい皆は、揺れから解放されたことに安堵の声を漏らした。やっと状況を整理することができると、シドの周囲に集まる。

「ついに来たぜ、宇宙に」

彼はやはり、その場から動かずに窓の外をじっと見つめていた。長年の夢が、まさかこのような形で実現しようとは、彼自身も思っていなかったに違いない。

昔に思いを馳せるよう静かに呟いた彼に、いつものような激情はなかった。珍しくしんみりと、夢に浸っているようにも感じられた。

「さて、と。こいつの航路はどうなってんだ?」

誰もが口を閉ざして見守る中、彼はやっと我に返ったようにコントロールパネルを操作し始めた。そんな彼がどうにも憎めない。

「やっぱり、メテオに向かうコースをとってるな」

「どうにか航路を変えられないのか?」

「だめだな。パルマーの奴、ご丁寧に操縦パネルまでロックしてやがる。このままメテオに突っ込んでドカンだ」

いつものような覇気もないまま静かにそう言ったシドに、今度はメテオへの衝突という不安が広がった。一巻の終わりとでもいうような彼の異様な落ち着きが、かえって現実味を増している。

「そんな…嘘でしょ?」

「オイラ達、ロケットごとメテオにぶつかって死んじゃうのかな……」

「終わりか……」

悲観に満ちた重苦しい空気の中、シドは操縦席から立ち上がると全員を見回して口を開く。

「おめえら何言ってやがる、若いってのに簡単に諦めすぎじゃねえか?」

いつもの口の悪さを取り戻した彼が、両手を腰にあてて叱咤する。しかし、航路を変えることもできずに、ものの数十分もすればロケットはメテオに衝突してしまう。残された僅かな時間で、一体何が出来るというのか。

「俺様はよお、はなっからメテオと心中するつもりはないぜ」

「……何か策があるのか?」

にんまりと笑みを浮かべて話す彼に、皆の視線が集まった。その自信あり気な表情は、彼が何か打開策を知っていることを物語っている。落胆していた心に希望が差した。

「こんな時のために脱出ポッドが積んであんのさ。さっきいじくり回してたら脱出ポッドの操作はロックされてなかった。これに乗ってさっさとおさらばしようぜ」

「シド……!」

「やるじゃねえか!」

誇らしげに鼻を擦る彼に、今度ばかりは皆も彼を賞賛し、生きて帰ることができると喜びの声を上げた。

「さてはシド、始めから脱出ポッドの存在を知っていたな」

「あったりめえだろ! 俺様を誰だと思ってんだ? このロケットの艦長だぜ」

「はあ……知ってたんなら言ってくれたらいいのに。オイラもう死ぬんだとばっかり思ってたよ……」

不平をぶつけながらも、その場の空気は一変して安心感に包まれていた。目を見合せては、先程の混沌とした状況を思い返して笑い合う余裕さえ生まれていた。

「じゃあ、マテリアは!? マテリアどうすんの!?」

「そういえば、ヒュージマテリアのこと、すっかり忘れてたわね」

「マテリアが欲しいんなら勝手に何とかしろい。奥の部屋にあんだろ」

神羅の作戦に賛同していたかに見えたシドは、意外にもすんなりとマテリアの回収を許可した。ぶっきらぼうにそう言うなり、また窓の傍へ寄って外を眺めている。

「いいのか?」

「……わからねえ」

背中から漂う哀愁に、皆はまた口を閉ざした。今日の彼は随分と色んな表情を見せる。

「さっきはあんなこと言ったけどよお、俺様はこいつと……このロケットと宇宙に行きたかった、それだけなのかもしれねえ……」

これまで叶うことのなかった夢が今、現実のものとなって彼の目の前に広がっている。どこまでも深く広がる真っ黒な宇宙に、遠く煌めく星々を見付けて、その果てしない宙に思いを馳せているようだった。

その発言は一見して矛盾しているようで、一貫してもいた。思えば彼は神羅の作戦に賛同していた訳ではなかったのかもしれない。ただ宇宙へ行きたいという一心が彼を突き動かし、ついにその夢を叶えた。

「だからおめえ達もよお、おめえ達が考えてしたいように行動すりゃあいいんじゃねえのか」

「らしくないぞ、オッサン!」

「うるせえ!」

ポカッとシドの頭を叩いたユフィに、彼もまたいつもの調子を取り戻しつつあるようだった。彼の夢は、皆の希望を乗せて星の海を漂っていた。


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