散った過去

「あ、二人が出てきた」

「みんなアタシのこと押さえてくんない? じゃなきゃマジでヴィンセントのこと殴りそう」

洞窟の入口から少し離れた陸地で、皆はシドの呼んだ飛空艇と、洞窟に入ったままの二人を待機しながら座り込んでいた。

ルクレツィアを前に狼狽えた様子のヴィンセントも、最後に見た泣き出しそうなイリスの表情も、どれもが悪い予感を抱かせていた。

「その……なんだ。もういいのか?」

隣合って歩く二人に、クラウドは気まずそうに声を掛けた。冷ややかな視線を集めるヴィンセントもまた、マントを引き上げながら、「ああ」と短く返事をするばかりだった。

「いやいや、良くないっしょ! イリス放ったらかして元カノと仲良く話してたとかマジ信じらんないんだけど」

「ありゃあ、さすがの俺様もちいっと胸糞悪かったぜ」

その後の会話を知らない皆は、ヴィンセントを責めるように詰め寄った。誤解をとこうと一歩前に出たイリスだったが、彼はそれを制して口を開く。

「ルクレツィアは恋人だった訳ではない。ただ私が彼女を想っていた、それだけだ」

「だからよお、恋人だ何だっつーことじゃねえだろ。兄ちゃんが好きだったんならカタ付けてこねえと」

今にも噛み付きそうなユフィと、苛立ちを隠さないシドを皆が宥める。二人のことに口出しするのは如何なものかと思う一方で、シドの言い分に内心賛同していたのも事実だった。

どうやらこの詰問から逃れる術はないらしい。彼は一度肩をすくめると、観念したように口を開いた。

「……ルクレツィアに求婚をしたが断られた。それ以上でもそれ以下でもない」

「はあああ!?」

彼のその言葉に、先程まで過度な干渉を避けようとしていた皆も思わず声を上げ、イリスまでもが目を丸くして彼を見上げた。

「ちょっ、え? ガチで言ってる?」

「ひょっとしてイリスも知らなかったの?」

「はい……初耳です、ね」

何故彼女に話さないままここまで来たのかと、再度皆の冷ややかな視線が彼に集まる。当のルクレツィアに対面した直後、立て続けに衝撃的な内容を知らされるイリスを思うと、皆の視線は一層冷めたいものになった。



「でも、それって随分前の話ですよね……?」

イリスは彼をそっと見上げながら、恐る恐る尋ねた。

彼がルクレツィアを想っていた、という事実は、出会った当初から直接聞いていた。彼の想いの深さを十分に知っていたにもかかわらず、求婚をしていたかもしれない、という考えには至らなかった。予想もしていない角度から殴られたような衝撃が走る。

「十数年ほど前に」

「やっぱり、そうですよね」

求婚という事実は変わらなくとも、ずっと前、それも自分と出会うより遥か以前の事ならば、捉え方は変わってくる。

当然、彼のルクレツィアとの昔話を聞いて良い思いはしない。しかし、今の彼がどれほど真摯に自分と向き合ってくれているかを知っている。これまでの旅路で、彼が深い愛情を注いでくれていることも知っている。

何よりも、ルクレツィアに対して、自分を護ると力強く宣言した彼の行動で、嫉妬心は散ってゆくようだった。

「それなら、気にしません」

大丈夫、と彼の手を取れば、申し訳なさそうに顰められていた眉が、やっと安堵したように緩められた。

「ちょっと待ってくれ。ヴィンセントは一体何歳なんだ……?」

「……さあな」

彼を囲むようにしていた皆が、今度は拍子抜けしたように声を漏らしている。クラウドのもっともな問いを聞くに、彼は皆には身体の事を話していなかったらしい。

お茶を濁す彼に、皆は疑問が解消されないまま頭を抱えていた。緊張感の漂っていた空気が一変し、何がどうなっているのかと混乱する様子に、可笑しさが込み上げた。同時に、いつも通りの和やかな空気に戻りつつあることに、胸を撫で下ろした。



「まさかアイツがそんな歳だったなんて知らなかった……」

「そうね。私よりちょっとお兄さんかな、くらいに思ってたけど」

シドの呼んだ飛空艇が、皆の居る岩場の真上で停止した。縄ばしごを登り、コックピットへ向かいながら、新事実に衝撃を受けていた。

「でも、見た目が若いから、そんなに変な感じはしないかな」

「いやいや、なんでティファはそんなすんなり受け入れられるワケ?」

尚も彼の実年齢についてあれこれと話をする二人をよそに、イリスとヴィンセントはコックピットの隅で隣合っていた。またこうして二人でこの場に居られることも、この関係がこれからも続くことも、彼女にやわらかい感情を広げていく。

「みなさん、ヴィンセントはんのこと気になるんはわかるんですけど、最後のヒュージマテリアも気になりません?」

「そうだな……頭から抜けそうになってた」

いつも通りの空気が戻ったことを確認すると、ケット・シーはのそのそと操縦席へ向かい、無線機を片手に口を開いた。

「かあ〜〜〜すっかり忘れてたぜ! ロケット村だろ!」

「はやいとこ向かわな、ロケットでメテオにどっかんされてまいますよ」

「よし、ロケット村へ向かおう」

目的が逸れてしまっていたことを軌道修正し、飛空艇は険しい山脈からロケット村へと向けて急発進した。





「なんだかすごい人ですね」

「ほんと、神羅の制服ばっかり!」

久方ぶりに足を踏み入れたロケット村では、武装した新羅兵があちこちで目を光らせていた。何が始まるのかと、村人は家から顔を出し、集まっている。

寂れた田舎の村は一変して、人々でひしめき合う騒がしい場所になっていた。

「ロケットは……まだ発射してないな」

村の中央に見える錆びたロケットを見て、皆はひとまず安堵していた。しかし、そのロケットに何人もの人が出入りするのを見るなり、シドは血相を変えて声を上げる。

「畜生、あいつら俺様のロケットに何しやがる気だ!」

彼は咥えていた煙草を放り投げると、槍を肩に担いで覚束無い足で駆けて行く。

「行くぜお前ら! 神羅のクソッタレ野郎共を俺様のロケットから叩き出してやらあ!」

いつも以上に熱くなったシドは、早く来いと腕を振りながらも、その足を止めずに一目散に走っている。

そんな彼を追い掛けるように、皆も人混みを掻き分け、ロケットに向かって走り出した。


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