焦がれる
「ティファ、おかわり」
「まだ飲むの?」
「次はオレンジね」
肩をすくめながら空になったグラスを受けとる。氷だけが残されたそれは、カランと涼しげな音を立て、洗面台に流される。
「喉、渇くんだもん」
新しく注がれた黄色を両手で受けとれば、すぐさま口に運ぶ。グラスについた水滴がひんやりとイリスの手を濡らした。
「あのねえ、イリス」
グラスを傾け一気に飲み干そうとするイリスを、彼女は慌てて制止する。
「そわそわするのは分かるけど、いくらなんでも飲みすぎ」
「……」
核心をつかれたように、飲むのをぴたっと止めると、目の前のコースターにグラスを置いた。
「そんなに飲んでないよ」
「ミルク1杯、アップルジュース2杯、ヨーグルト1杯、オレンジジュース1杯」
「……ほとんど1杯ずつしか飲んでない」
「1杯じゃないのよ、一杯飲んでるの、沢山飲みすぎなの」
ぴしゃりと言われ、椅子に両手を突いては足をパタパタさせる。窓の外を見れば、日が傾きかけていた。先程までの暑さも大分和らいできたようだった。
「お会計1200ギルになります」
「え、え、ちょっと待ってお金足りるかな」
「ふふ、冗談」
むすっと頬を膨らませると、カウンターにそのまま突っ伏すようにしてまた窓の外を見る。
本日貸し切りの看板を提げてある店内は、静かで心地いい。夜の喧騒など想像もつかないほどに、さらさらと流れる風の音だけが聞こえてくる。
「来ないわね」
「来ないね」
静かな店内で、時折交わされる会話が響く。
「何も男だけで行かなくてもいいのにね」
「ね」
切なげな二人の視線は窓の外へと向けられている。
「ねえイリス、帰ってきたら最初に何て言う?」
「うーん……わかんない」
「この3日間イリスが拗ねてたって言ってもいい?」
「それはティファもでしょ」
頭を持ち上げては、すましたティファをじっとりと見つめる。再び肩をすくめた彼女は、悟られまいと、イリスの飲んだグラスを洗い始める。
「あんまり嬉しくなさそうね」
「別にそんなことないよ」
「帰ってくるの、実感ないんでしょ」
「そうかもしれない」
そう言って再び顔を突っ伏したイリスに、ティファ思わず笑みをこぼす。本当は嬉しいくせに。
「あ、え、ちょっとイリス、どこ行くの」
笑っていたのも束の間で、突然カウンターの椅子から飛び降りたイリスは、勢いよく扉を開けて外に出て行く。
どうしたのかと洗い物を脇へ置いて自分も外へ飛び出せば、街の入り口にぞろぞろと男性陣の姿が見えた。
「ヴィンセント!」
先程までの不貞腐れた彼女はどこへやら、愛しい彼に飛び付いていた。よくもまあこれほど敏感に彼等の帰りに気付いたものだ。
「おかえりなさい」
泣きそうな笑顔で彼にすり寄るイリスに、彼も嬉しそうに見えた。
夜、貸し切りの店内で、イリスがどれほど拗ねて、不貞腐れて、会うのを待ち焦がれていたかを彼にも教えてやろう。きっとポーカーフェイスの仮面の下では喜んでいるはずだから。
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